MANAGEMENT
街の新シンボル、エディオンピースウイング広島を語る
街を紫に染めたスタジアム
普段は通勤や通学で使う路面電車が試合日になると紫に彩られていく。サンフレッチェ広島のレプリカユニフォームを着たサポーターたちが向かうのは、広島市の中心部にできたエディオンピースウイング広島(Eピース)。街はもう紫に染まっている。新スタジアムができて生まれた新たな光景だ。
「スタジアムが街なかにできて、試合がある日は街に紫のユニフォームがあふれて、街の中にサッカーが溶け込んできている。これはサンフレッチェの大きな貢献度だと思っています」
そう話すのは、サンフレッチェ広島スタジアムビジネス部の森重圭史部長だ。長年勤めてきた株式会社エディオンからの出向で、新スタジアムの開業約1年前に指定管理者であるサンフレッチェ広島に赴任。前職で「蔦屋家電」などのプロジェクトに携わった経験を生かし、主に「どうやって試合のない日をマネタイズするか」、「どうやってスタジアムの価値を地域と連携しながら上げていくか」というミッションに日々取り組んでいる。
新スタジアム元年、広島の人たちの情熱が最高の舞台をつくった。今シーズンの明治安田J1リーグのホームゲーム入場者数は全19試合で計486,579人。これまでクラブ最多記録だった1994年の378,195人を大幅に更新した。1試合平均でも25,609人を記録し、初優勝した2012年の17,721人を大きく上回った。ミヒャエル スキッベ監督体制3年目のチームは、毎試合ほぼ満員のスタジアムで紫の大声援を受けて激動の優勝争いを演じ、最後まで緊張感のあるシーズンとなった。
集客力には理由がある。まずはJリーグ屈指の好立地にあること。全J1クラブの本拠地を調べたという森重部長は、「場所があるところではなく、価値があるところ、つまり建てたいところに建てた。それが広島の一番のところだと思います」と言う。広島市中心部にできたEピースは、目抜き通りの本通り商店街や繁華街の流川が徒歩圏内にあり、路面電車、バス、JRといった公共交通機関でのアクセスも充実している。近くには広島城や原爆ドーム、美術館、商業施設、イベント広場などさまざまなスポットがそろい、8月にはスタジアムの隣に芝生広場や飲食店などがオープンして「ひろしまスタジアムパーク」が完成。周辺との回遊性も高くなり、街に新たなにぎわいをもたらしている。
サッカー専用スタジアムになって観戦体験が格段と向上したのも大きな要因だ。観客席とピッチの距離が近く、選手のプレーを間近で見られる臨場感は大きな魅力。国立競技場と同じ規模の大型ビジョンや最新の音響設備などを駆使した演出で観客を楽しませる工夫が凝らされている。また、バラエティ豊かな43席種を用意し、キッズルームやセンサリールームも完備。独自開発した一般座席や試合映像を映すスクリーンが多数設置されたコンコースなど観戦時の快適性にもこだわり、多様な人が多彩なスタイルで楽しめる環境となった。
「イメージしていたのは、シンプルな考え方で『人が行きたくなるところをつくる』ということです。でも、その『行きたくなるところ』というのは、年齢や時代によって変わるものなので、いろんなことを提案してつくっていかないといけません。まずはサッカーの興行で人を集めること。そして、このスタジアムを大きな箱として、約28,500の座席や大きなビジョンといったリソースを使えば、アイデア次第でいろんなことができると思っています」
観戦環境の設計はアメリカのスタジアムを参考にした。例として挙げるのはミネソタ・ユナイテッドFCのアリアンツ・フィールドで、最大収容数24,474人のサッカー専用スタジアムだ。
「ヨーロッパだとサッカーが好きで応援する人が多いですが、アメリカではエンターテインメント要素が非常に強くなっています。一番はファンエンゲージメントのところで、ピッチの距離がすごく近いのと、音響効果と演出効果がエンタメ要素を強くしているので、そういったところを参考にしてスタジアムの中に落とし込まれています」
広島は夏のナイトゲームに「全員参加型のシン・ナイトスポーツエンターテインメント」と銘打った『超熱狂NIGHT FES』を開催。試合前後やハーフタイムに光と音の演出でライブのような空間をつくり、炎や花火も織り交ぜたショーで観客を盛り上げた。照明が落とされた中、ホームサポーターたちは紫のペンライトを振って演出に参加し、アウェイサポーターもそれぞれのクラブカラーのペンライトを持って楽しむ姿があった。こうした非日常感の演出が新たなファンを呼んでいる。
「ペンライトの一体感は僕も今までに感じたことのないもので、自分でも感動するぐらいでした。演出チームが頑張ってくれて、今までにない層を取り込んでいるのは確実にあると思います。僕の孫は来年小学校に上がる女の子ですが、全然サッカーに興味がなかったのに、何度も来たいと言っているぐらいです」
試合がない日はサッカー文化の発信地として機能している。広島サッカーの歴史にこだわった展示やアクティビティも設置したミュージアムは11月10日時点で約18,000人が来場。スタジアムツアーは予約でほぼ満員の状態が続き、選手になり切る体験が人気だ。さらに、オフィシャルショップはJクラブの中で実店舗での売上高が「圧倒的にナンバーワン」だという。森重部長は、「スタジアムにあることと、街の中にあるからこそだと思います」と分析する。
他にも施設内のスカイボックスやビジネスラウンジを会議室やイベントスペースとして貸し出し、コンコースやピッチ脇の人工芝エリアではウエディングや撮影会など多目的に利用できる。サッカーと関係のない学会や神楽の公演も行われ、単なる試合観戦の施設ではなく、新たなイベント会場や文化の発信地としても機能している。
クラブは、チケットや試合日の飲食とグッズの販売による試合興行の売り上げを、男女の公式試合を含めて年間30億円程度と想定している。さらに、スポンサー収入などを含めたクラブ全体の売上高は、昨シーズンの約42億円から大きく伸ばして、70億円を超える見込み。100億という大きな数字がかなわぬ夢ではなくなった。新スタジアム1年目でサンフレッチェ広島は飛躍を遂げ、サッカーでも経営でもJリーグを引っ張っていく存在になるはずだ。
街なかスタジアムは周辺地域に与える経済効果も大きい。試合前に近くの商業施設で買い物をし、試合後も集まって夜の街で飲食を楽しんで帰る。今までなかった試合日の日常だ。街なかにスタジアムができたことで試合観戦の楽しみ方が増え、それが周辺地域にも好影響を生んでいる。クラブにもうれしい声が届いているという。
「スタジアムがこれだけ人と話題を集めていて、街の新しいシンボルになっているので、広島全体の経済効果にかなり貢献している実感はあります。例えば、試合が開催される日の近くの商業施設では、地下の総菜売り場ではいつもの3倍くらいに売れているとお聞きしています。とにかく紫のユニフォームが街なかにあふれている光景は今までなかったことで、街で商売をされている方々からは『ありがとう』と言っていただけるので、非常に大きな効果があると思います」
クラブによると、Eピースと周辺施設を合わせて年間 220万人の利用が見込まれていて、試合やスタジアム利用による直接的な収益と、観客が周辺地域で消費することによる間接的な影響、新たな雇用やビジネス機会などを含めると、年間で「数百億円」規模の経済効果が生じていると推測されている。
新スタジアムができて以来、森重部長には好きな景色がある。世界遺産の原爆ドームの後ろにEピースが堂々とたたずむ構図だ。世界から多くの観光客が訪れるエリアからは、翼を広げたような姿のスタジアムが大きな存在感を放つ。森重部長は、「平和記念公園のすぐ近くにあるスタジアムの位置付けから考えれば、もっとやるべきことがあると感じています」と力を込める。Eピースはサッカーを通じた新たな平和発信の拠点としての役割がある。
75年前に平和記念公園と資料館を設計した建築家の丹下健三氏は、平和記念公園の北側をスポーツや文化を通じて平和を創造する場所とし、今の新スタジアムがある区画には総合競技場を描いていた。当時は実現しなかったが、長い年月を超えてそこにサッカースタジアムが完成した。
「スタジアムができたことで、丹下さんが考えられたものがほぼ完成形に近づいてきたと思います。街全体を見れば、それぞれの役目、役割がちゃんと明確化されていて、スポーツが果たす役割をここでどう形成するかというのが、サンフレッチェ広島に今、求められている大きなものだと思います。僕らは平和であるからこそ好きなことができて、スポーツやサッカーができる。広島の場合は特にスポーツができる喜びを気付かせてくれます。そこをもっと発信していくことが広島の役割だと思います」
Eピースが建つのは、原爆で焼け野原になった後、戦後の混乱の中で人々がたくましく生活を送り、復興を果たした地にある。そうした地域にあるからこそ、サンフレッチェ広島が2018年から毎年開催しているピースマッチや海外からも注目される国際試合はより大きな意味を持つ。また、丹下氏も未来を担う子どもたちへの思いをこの地に込めていたように、スタジアムがサッカー教室や地域の社会貢献活動などを通じた「学びの場」や「成長の場」として平和都市のシンボルになることも期待される。森重部長は、「広島のスポーツ文化や地域社会全体を活性化させる中心地としての役割を果たすべきだと思っています」と言う。
クラブを取り巻く環境も変わった。以前は広島市の中心部に点在していた程度だったサンフレッチェの幟旗やポスターが、今では日常的に街なかで紫を目にしない方が難しい。そうした街の変化は新スタジアムと共にサンフレッチェ広島がより浸透してきた証しだ。クラブとしては収益増加やブランド力向上だけではなく、Eピースを中心とした街のコミュニティの主役であることも大きい。新スタジアムに移転して以来、問い合わせや相談が「本当に驚くぐらいに来ています」という。そうした街のさまざまな可能性をつなぐ役割をクラブは担っていく。
「(街との連携で)具体的に何かを仕掛けてやるというよりは、街の中でそれぞれ運営しているメンバーが横に集まって、『日常的に人が回遊したり、コミュニティができたりする方がいいよね』という話はしています。僕らは今、街で『サンフレッチェハブ構想』というものがあって、毎週1回は『何ができるか』とか『どんなことをしようか』といった街の人たちの声を聞いています」
地域社会や経済へのインパクトが大きいからこそ、新スタジアムやクラブの役割と責任も大きい。地域活性化の起点として、さらには街なかスタジアムとスポーツクラブによる地方創生のモデルケースとしても期待が懸かる。
「新スタジアムは単なるスポーツ施設にとどまらず、広島市にとって『文化』『経済』『コミュニティ』の中心的存在となりうるポテンシャルを秘めていると思います。スポーツ以外のイベントや地域貢献活動を積極的に取り入れ、地域経済や社会全体に対して良い影響を与える多目的な施設として成長していきたい。それによって、広島のアイデンティティを強化し、地域の発展をけん引する重要な役割を果たすことができると考えています」
広島市は今、再開発が進んでいる。2025年春に開業する新しい広島駅をはじめ、市内中心部のあちこちで新たな施設の建設や建て替えが行われている。広島は大きく変わっていくが、新スタジアムは街のシンボルとして存在感を示すはずだ。街はますます紫に染まっていく。
文 湊昂大
- プロフィール
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株式会社 サンフレッチェ広島
事業本部 スタジアムビジネス部 森重 圭史
山口県岩国市出身。1987年に地域の家電量販店ダイイチ(現エディオン)に就職。以降、パソコン専門店3店舗、家電店2店舗にて勤務。2000年に本社へ配属となり、商品部長、営業部エリア長を務める。蔦屋家電(二子玉川・広島)のプロジェクトリーダーやロボットプログラミングスクール事業に携わり、2023年4月からサンフレッチェ広島に所属。