SUSTAINABILITY
「Be supporters!」インクルーシブな社会の実現に向けて
日本では、人口の29.3%※が高齢者という高齢者化社会が進んでいる。サントリーウエルネス株式会社とJリーグは高齢者施設で過ごす高齢者や認知症の方など、普段は周囲に「支えられる」機会の多い方が、サッカークラブの「サポーター」になることで、クラブや地域を「支える」存在になっていくことを目指すプロジェクト「Be supporters!」の活動に取り組んでいる。「支えられる人から支える人へ」をコンセプトとして、2020年12月にサントリーウエルネス株式会社が4つのJクラブと協働してスタートした本取り組みは、2024年には計20クラブが参加。「いくつになってもワクワクしたい、すべての人へ。」という言葉の下に、その輪が広がり続けている。
Jリーグメンバーとともに、「Be supporters!」のメイン担当であるサントリーウエルネス株式会社 吉村様にお話を伺った。
※2024年9月16日時点、総務省
― まずは自己紹介をお願いします。
吉村サントリーウエルネス経営企画本部の吉村です。Be supporters!のメイン担当をしています。
青山Jリーグサステナビリティ部社会連携グループの青山です。2007年ごろからホームタウンの業務に関わり、その流れで2018年のシャレン!の立ち上げからこの分野に携わっています。
― Be supporters!の取り組みは、サントリーウエルネスさんが2020年12月に富山で始めました。その経緯や背景を教えてください。
吉村人生100年といったときに、どうしても健康寿命を延ばそうという予防の領域を考えますが、それだけでは幸せになれないのかなと思っていて。そのような課題感があったところに、Be supporters!の話を聞きました。「人間の生命(いのち)の輝きをめざし」を掲げている私たちだからこそ“予防”に加え、施設に入ったり、認知症の状態になったとしても、一人一人が輝くことをサポートする、“共生”にチャレンジできないかという思いで始めました。
― 当初は4クラブでスタートしました。
吉村その中のカターレ富山と一緒に応援会をやってみたのが2020年12月です。普段は、施設内のレクリエーションに参加しなかったり、部屋にこもりがちだった方に「ユニフォームを着てみますか」と声を掛けると「私も着てみる」と笑顔になって。職員さんもすごく可能性を感じて、また来年もやってみようと2021年から本格的に始まりました。
― インクルーシブな社会の実現や、サッカー、スポーツだからできることがこのプロジェクトの肝だと思いますが、そのパワーをどのように感じていますか。
青山シャレン!が立ち上がり、2年目の重点テーマ4つの中のひとつが高齢者でした。それでBe supporters!という企画をやってみようということで、一緒にやってくれるパートナー企業も見つけたい。それと並行してクラブにも企画を提案しました。2006年に改正介護予防保険法が成立して、厚生労働省から「Jリーグさん、一緒にやってくれませんか」と依頼があり、翌2007年にJリーグ介護予防事業がスタートしました。国からの補助金を財源に2年で終了しましたが、その後自治体から受託するなどして継続して実施しているクラブも多く、この経験がBe Supporters!に取り組むベースにもあるのではないかと感じます。
Jリーグの良さは全国にクラブがあり、シャレン!という考え方は二者じゃなくて三者以上。今回でいうとクラブ、Jリーグ、サントリーウエルネスさん、自治体、施設の皆さんなど。そういう機能を私たちが持っていたことで良い具合にスタートできたのかなと思います。地域の課題をパートナー企業や地元の皆さんと一緒に解決していく場があるわけです。その環境がサッカー、Jリーグの持つ価値だと思いますね。
― お二人とも4年近くこのプロジェクトに関わっていますが、印象深かったエピソードなどありますか。
吉村たくさんありますけど、神戸の施設で応援している“テルコさん”という方が、2022年にヴィッセル神戸に所属していた藤本憲明選手のことが大好きで、2023年に鹿児島ユナイテッドFC(2016-2017年も鹿児島に所属)に移籍した後もずっと応援をしていました。それを見ていた施設の方が「それなら鹿児島に行って応援してもいいのでは」とアイデアを出してくれたのです。テルコさんがBe supporters!での応援を通して、いろいろな人と優しくコミュニケーションが増えたり、新しい一面を職員さんも知るようになりました。そして、もっと応援したいよねということから、職員さんと一緒の鹿児島行きを9月末に実行しました。費用は施設がクラウドファンディングで集め、鹿児島のサポーターが中心となって支援してくれました。
提供:鹿児島ユナイテッドFC
提供:鹿児島ユナイテッドFC
吉村現地でもサプライズで「テルコさん、おかえりなさい」とファン・サポーターが迎えてくれたり、藤本選手のグッズをプレゼントされたり。前日に藤本選手もXで「待ってるね」とメッセージを送ってくれました。そういう姿勢がすてきなつながりになっていったのがすごく印象的でした。
青山特定のエピソードではないのですが、高齢者の方々はもちろん施設の皆さんがすごく楽しそうに参加してくれるのが印象的で、施設の皆さんは普段は支える側でご苦労も多いでしょうが、その中で利用者の方々と周囲につながりが生まれ、生き生きとしていくことが喜びだと思うし、Jリーグの試合やクラブに触れることでわくわくする。Jクラブがそういうところで役に立つ、なおかつ離職率が下がる、Be supporters!をやっているなら働きたいという声もあると聞いて、この活動がまた違う課題を解決する一助になっているのがすごく良いなと思います。
― スタート時の4クラブから今年は20クラブと輪が広がっています。その間の変化や感じることはありますか。
吉村クラブや選手への激励の横断幕を制作する、敬老の日の特別企画“人生の先輩からのエール”企画を2022年から10クラブでスタートして、翌年から20クラブに増やしていただきましたが、その企画自体も次第にパワーアップしました。Be supporters!の応援プログラム自体もブラッシュアップしながらより魅力的になって、クラブからアイデアがどんどん生まれました。これが「地域の誰かのためになっている」と思ったときのクラブの方々のエネルギーというのが、規模拡大にすごく影響があったと思います。
― 「うちにもあったらいいのに」という声も聞くので、その広がりを感じています。
青山施設の皆さんが本当に楽しみにしていて、早い段階で「今年はどうなっていますか」とクラブに問い合わせがあるというのを聞きますし、エールを集めて飾るというのが一つのメインですが、それに伴ってクラブ独自のスタジアムでのアクティビティも多彩になりました。やはり来られる方がいるとうれしいし、選手の事前訪問によってより親しみを持って応援に身が入るというか、喜びにつながるみたいな、そういう良い循環が徐々に増えているという感じです。
吉村107歳のおばあちゃんが「命尽きるときまでサッカーを楽しみなさい」というエールを送ったり、頑張れというのも本当は「○○して○○して頑張れ」と書きたいけど、どうしても手が震えて書けないから手形でやってみようとしたり。施設を訪問した選手がおばあちゃんの手にペンキを塗っていて、その写真がとてもかわいいんですよ。クラブの担当の方が、どうしたらできるんだろうと考えた結果、そこで生まれているわくわく感とかつながりが見ていて心温まるというか。すごく良いなというのはありますね。
― クラブの担当者も純粋に向き合っているのですね。このプロジェクトを通して実現したい未来の姿、次のチャレンジなどありますか。
吉村もちろん、もっと全国のさまざまな地域とか、今まで取り組んできた地域でももっといろいろな人に参加してもらいたいです。今は施設とクラブだけ、まだまだ多くの方と活動を盛り上げていける可能性を秘めていると思います。もっと地域の人を呼び込むとか、引きこもりがちの独居の人や孤立を感じている人たちをうまくエールで巻き込めないかとか、なかなか一歩を踏み出せない方々を巻き込んで、さらに豊かなつながりを作り、一緒に参加してもらえる場所ができたら良いなと思っています。
― 先ほどの話にもありましたけど「推し」というのは強いですよね。
吉村「推し」というと、女性が楽しんでいるイメージを持たれる方も多いかと思います。でもBeサポ!では「○○さん応援リーダーです」と言われて、張り切って施設のみんなにサッカーのルールを教える男性の方がいたり、「○○さんがグッズ担当です」「旗をもってください」など役割ができたりします。「じゃあここを任せるね」ということさえあれば責任を持ってやってくれる人がたくさんいます。それも「推し」ができることの効果かもしれませんよね。そこをどうサポートするかというのが私たちの考えるところかなと思います。
青山フラッグベアラーをやるから練習したおじいちゃんもいましたね。
吉村片足が義足でペースメーカーもしていて、それでも「フラッグベアラーやりませんか」と施設の職員から言われて、「みんながやるならやろうか」と。やらされるリハビリではなくて、職員が気づいたら“コツコツ”とそのおじいちゃんが歩いているとか。Beサポ!を通じて、その人自身の可能性に職員さんも気づけるし、「あんなに○○さんが頑張ってくれているなら次はこうしよう」とか、お互いに対する思いが循環し始めると関係性も次第に良くなるということを感じますね。
― この試合で旗を持ってもらうから歩くんだよ、というのが後押しになっていますね。
吉村サッカーの応援というのが上の世代の方にとってはあまり日常的な風景ではないかもしれません。サッカーの応援が初めての職員さんも利用者さんと一緒に同じ目標に向けて頑張れるというところで仲間になれる、と聞くことが多いです。サポーターになることがすごく簡単で、ハードルが高くないからみんなが同じ方向を向いて楽しめるのかなと。元々Jリーグが持っている“サポーター”というカルチャーがあったから、スタジアムのサポーターの人も近寄ってきてくれるし、Be supporters!にとっても良い影響があるのかなと思います。
写真提供:清水エスパルス
写真提供:清水エスパルス
― Jリーグの理念である「地域密着」について、今後の在り方とかインクルーシブな社会の実現に向けて何か思いはありますか。
青山インクルーシブになるということは、誰でもその場で楽しく過ごせるのがとても大事で、そのためにJクラブが地域の中でできることや必要とされる役割が続いてほしいし、私たちはそれを後押ししたい。先ほど吉村さんもおっしゃいましたけど、誰かに頼りにされるというか、お願いされることに意義を感じたり、年を重ねていくとそういう場面が減っていくからこそ「お願いします」と言われるとうれしかったりするのだと思います。そういうことの一助になったらいいし、私もいずれはそういう世代になって、それなら自分もハッピーでいられるような世の中、環境ができていれば安心して年を取れる、もし認知症になったとしても楽しくいられるかも、という希望が提示できるといいですね。
吉村SNSの企画でもファン・サポーターの方が「私もこんなおばあちゃんになりたい」「私が入る施設もやっててほしいな」とか実際に書いていたりするので、そう思ってもらえて良かったなと。
― 写真や動画、記録、お話を通して、みんな当たり前に年を取るけど、こういう将来もあるんだという安心感が伝わります。Jリーグやサッカーが、その仲立ちをしているというのは素晴らしいと思います。
青山ヨーロッパのクラブハウスや練習場によくおじいちゃんが練習を見に来て、併設されているレストランなどでチェスをやっていたり。そういう文化があるんですよね。そのような過ごし方ができたらいいなと思うので、Be supporters!とは少し違うかもしれないけど、みんながJクラブをハブにして行き場所があって、施設に入ったとしてもクラブとサッカー、Jリーグと縁がある。そういうふうになっていくと楽しいですよね。
- プロフィール
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サントリーウエルネス株式会社
経営企画本部 吉村 茉佑子/よしむら まゆこ(写真左)
1995年生まれ、兵庫県神戸市出身。京都大学大学院農学研究科に入学。大学院ではアルツハイマーの研究に専念。2019年、サントリーホールディングス株式会社に入社。同年、サントリーウエルネス株式会社に配属され、コンタクトセンターでマネージメントやオペレーターへの商品研修などを担当。2021年2月、「Be supporters!」プロジェクト立ち上げ時に「絶対にやりたい!」と直談判。現在、同プロジェクトリーダーとして、企画を推進するとともに、施設と地域サッカークラブを結ぶ架け橋としての役割も務めている。
公益社団法人 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)
サステナビリティ部 社会連携グループ 青山 優香/あおやま ゆうか(写真右)
1994年Jリーグ入社。事業部、運営部、企画部、イレブンミリオンプロジェクトなどを経て2018年シャレン!(Jリーグ社会連携)に立ち上げ当初から参加し、2023年4月よりサステナビリティ部社会連携グループ所属。