Jリーグに気候変動対策と地域創生を絡めて社会課題に取り組もうと「サステナビリティ部」が発足して2年目。今年から、小野伸二特任理事のサッカー教室と、辻井隆行執行役員らが気候変動について語る「サステナトーク」の二本立てで全国を回る「Jリーグ×小野伸二 スマイルフットボールツアー for a Sustainable Future supported by 明治安田」を開始。初年度は、北は北海道コンサドーレ札幌、南はFC琉球まで60クラブのうち15クラブで、約1,900人の小学生へ向けて活動した。
小野伸二特任理事とJクラブの現役選手やOB選手によるサッカー教室。小学1~3年生、小学4~6年生の各64人が、ウォーミングアップ、ドリブルやリフティングの基礎技術のデモンストレーション、ミニゲーム等を体験。
講師チームと小学生チームの試合など、実践も交えながらサッカーをともに楽しみます。70分間のサッカー教室で、サッカーを通じた喜びや仲間とともにプレーする楽しさを体感していただきました。
猛暑、大雨、台風などの異常気象をもたらす気候変動とサッカーの関係を知ることで、この先もサッカーを楽しめるようにするためには、どのようにすれば良いのかを学ぶサステナトークをサッカー教室と合わせて開催。
2100年の天気予報が示された日本地図を見せると、子どもたちからは驚きの声が多く上がった。「今よりもっと暑い気温下でサッカーができる?」という小野伸二特任理事からの質問には「できない!」と子どもたち。
教室の最後には、CO2を吸収し、地球温暖化防止に大きく貢献してくれる「森」へのメッセージを旗に書き込み苗木と共に持ち帰ります。
2024年4月から、北は北海道コンサドーレ札幌、南はFC琉球まで60クラブのうち15クラブで約1,900人の小学生に向けてサッカー教室とサステナトークを行ってきたJリーグの小野伸二特任理事と辻井隆行執行役員から、このプロジェクトに対する思いを聞いた。
ー 「Jリーグ×小野伸二 スマイルフットボールツアー for a Sustainable Future supported by 明治安田」元年を振り返って。
小野伸二特任理事(以下、小野) 第1回から多くの方にご協力いただき、子ども目線に立ってどうしたら楽しんでもらえるかと、毎回アップデートしてきました。良いチームワークで、楽しく、子どもたちを笑顔にできる会になっていますね。
辻井隆行執行役員(以下、辻井) その核になっているのが小野さん。引退されて、未来の世代に理屈抜きで「サッカーって楽しい」と感じる体験をしてほしいとの思いを伺いました。そこでJリーグというプラットフォームを使ってもらえればと始まった。一番の目的は「スマイルフットボール」の名の通り、ボールや仲間と向き合って、小野さんと一緒に笑顔のあふれる会にすること。ポジティブなエネルギーが、スタッフ、さらにパートナー企業にも伝播し、回を重ねるごとに良いものになっています。
小野 みんなで反省も課題も言い合えています。小学1~3年生の低学年と、4~6年生の高学年との二部制でやっていますが、当初は低学年からだった順番を逆にしたことも一例です。高学年は体も大きく、後半だとコーチ陣も体力的にきつかったんですね(笑)。全力で二部とも楽しめるようにと提案したら、受け入れてくださった。より笑顔で子どもたちと触れ合える時間が増えました。
辻井 小野さんを軸に、スタッフもアイデアを次々に出してくれます。サステナトークで2100年の天気予報を紹介するパネルも、当初は環境省のホームページにあった写真をそのまま使っていました。でも「アニメで見せた方がいいのでは」という意見があった。太陽が汗をかく、雲の目が回る、イカが墨を吐く。そんなイラストにしたら、子どもたちの食いつきが劇的に変わりました。
ー そのサステナトークについて。一見、つながりが薄いようにも思えるサッカー教室と気候変動問題を、どのような経緯で掛け合わせようと考えたのですか。
辻井 実は小野さんのサッカー教室に「サステナ、くっつけられないの」と提案したのは僕ではなく、他の理事でした。それがまずうれしくて。子どもたちはサッカーを楽しんで「この楽しいサッカーを続けるには、気候ってとっても大事なんだよ」と語り掛ければ、素直に耳を傾けてくれます。加えて保護者の方々の多くは、小野さんのご活躍をリアルタイムで知る世代。その小野さんが「大事なことですよね。お子さんの未来を一緒に守りましょう」と言ってくれたら、それはもう(笑)。お子さんの未来を守ることと、サッカーを守ること。大義名分としても、整合性があると感じています。 とはいえ、サッカー教室前後の10~15分で全ては伝えられません。ちょうどJリーグで、小野さん、中村憲剛さん、内田篤人さんが科学者の江守正多さんに話を聞きながら、気候変動について学ぶ「気候アクション動画」を編集していました。だからサステナトークで「気候って大事だ」と思ってもらい、動画のQRコードがついた小野さんのサイン入りステッカーを渡し、帰宅後も学んでもらえるようにしました。
小野 やって本当に良かったですよ。江守さんのお話を伺って僕自身も「こんなことになっちゃうの」と衝撃を受けました。このままではスポーツをする以前に、生きていく上で大事な環境が失われていく。今の子どもたちは学校で気候変動について学ぶ機会もあり、ある程度のことは知っています。そこで保護者にも聞いてもらい、一緒に勉強していこう、と。親子のコミュニケーションにもつながる仕掛けになっています。
僕もサッカーだけに特化するつもりもなかったので、面白そうだと思いました。1時間半、サッカー以外にもいろんな学びがある場になればいい。例えば英語などもいいかもしれません。学校ではテストに向けた勉強になりがちだけど、生活やサッカーにつなげられれば、子どもたちの未来や、自信にもつながります。自分も「幼い頃にこういうことをしてもらったらうれしかっただろうなあ」と思いますもんね。
辻井 英語で環境を学ぶとかも、面白そうですね。あと、気候が激変しているかもしれない2100年に「何歳になってる?」と問い掛けると、6歳の子ってまだ80歳なんです。本当に彼らが生きていく中でシリアスに直面する問題です。
気候アクション動画の再生回数も、4月中旬にリリースして5万回ほどに伸びた後、いったん停滞しました。それがスマイルフットボールツアーのたびに増え、11月末時点で6万8,000回超。これが10万回になれば、年間でサッカー観戦に来てくださる方が1,000万人ほどとして、その1%の方が視聴したことになります。賛同の輪が広がり、Jクラブも前向きに捉え始めています。。
小野 子どもたちが大きくなったときに、少しでも僕たちの言ったことを思い出してくれれば何よりです。すると、中にはまた同じように伝えていってくれる人も出てくる。僕も今の活動の原点は、セルジオ越後さんのさわやかサッカー教室です。サッカーでも気候変動でも、伝道師になる人が将来、1人でも多く出てきてくれたら。その輪が広がって大きくなり、また次世代につながっていけば、と願っています。
ー 充実した活動を送られていると伝わってきます。その中で印象に残った出来事はありますか。
辻井 毎回、参加者にご協力いただくアンケートで、あるお父さんが「息子談」と書いてこんな感想を寄せてくれました。8歳の子が「僕が変わればお兄ちゃんも変わるし、お父さん、お母さん、同級生も学校の先生も変わるから、自分から変わらなきゃ」と言ったそうです。お父さんも心を打たれて「自分もできることをやろうと思いました」と。
小野 すごくうれしいですね。サッカーでも、良い選手になりたいと思えば、どれだけ練習するかは自分次第。良い環境をつくることも、一人一人の行動、自分次第ですよね。そういった意味でもサッカーとサステナは親和性がありますね。
僕はサッカー教室に女の子の参加が多かった点も心に残りました。なでしこジャパン(日本女子代表)やWEリーグを見て、自分もサッカーをやってみたい、という女性が増えてきているなと。一度、どこだったかな。最初は参加していた一人の女の子が、できないと思ったのか途中でピッチから出ちゃったんですよね。でもその子も「一緒にやろうよ、やろうよ」と声を掛けたら戻って、周りの子も協力してくれて、最後はすごく楽しんでくれた。
辻井 小野さんが上手なんです。毎回「サッカー、初めての子は?」と手を挙げてもらい、最初はつきっきりで教える。すると上手な子が、他の子に教えてあげる光景が出てくる。伝わっていくんです。
小野 そういうものを見られるのも面白いです。結局、教わって学ぶのではなくて、見て学ぶ。本当に大事なことだと自分自身も思ってきた中で、いろんなしぐさ、動作が子どもたちに見られていると実感します。だからこそ、僕らは本当に良い見本でなければいけないですね。
ー ツアーを通じ、JリーグやJクラブのできること、可能性を感じられた点もあるかと思います。
小野 現役時代以上に、気づきが多かったですね。気候変動への取り組みにしても、こうして辻井さんが発信したことで、いろんなクラブが確実に少しずつ興味を持ち、学ぼうとしている。そのクラブからまた、アカデミーやその保護者の方、サポーターの方、いろんな方々に伝わっていく。すると各クラブでの特徴や地域性が生まれ、何かを変えようという声も生まれる。簡単なことではないですけれども、小さなことをコツコツやっていけば必ず大きな力につながる。そのためにも、この活動を継続していかなければと思っています。
辻井 気候変動対策への賛同が広がりつつある今は、みんなで現状を知る段階です。リーグ、クラブの事業でどれだけ温室効果ガスが出ているかといった情報を、隠さず公開してゼロに近づけようと、まずは意識と行動を変える。でも個々でできることというと、冷房の温度を下げるだとか、我慢、清貧のイメージになりがちです。そうではなく、環境負荷の少ない仕組みづくりこそが重要です。そこへつなげるための、今は助走期間と考えています。
例えば、試合日のスタジアム行きバスをCO2の出ない車にするとします。自治体だけでやろうとすると「なぜサッカーだけに税金を使うのか」という話になる。企業だけがやろうとしても、コストがかかり、条例や規制も障壁になる。でもJクラブが関係各所をつなぎ、試合日以外は地域の方々に使ってもらうようにする。気候変動対策に賛同する方々が、「その税金の使い方いいね」と言ってくれれば自治体も動く、企業も負担が減る。そんなふうにつながって、新しい仕組みができる。クラブは地域のハブとして、大事な役割を担える可能性を持っています。
ー 訪れる先のJクラブはまだまだ全国にあります。2025年以降への思いを。
小野 まずはこの取り組みを続けていくこと。そして、サッカーの楽しさに加えて「将来ではなく、今から日本代表を目指すんだ」といったことも伝えたい。意識が変われば、日々の行動も変わっていく。この活動を通し、子どもたちと接して改めて感じられていますので。
辻井 現場を回ることに加え、協賛企業などの仲間を増やすことも僕の仕事です。このスマイルフットボールツアーの価値をより可視化し、協賛いただける企業を増やせれば、こうした取り組みやJリーグ自体も持続可能性が高まる。そのためにも、中身が大事になります。より良いものをつくりつつ、仲間を増やす、という両輪で活動を続けていきたいです。
文:藤木健(朝日新聞社)
小野 伸二
1979年9月27日生まれ。静岡県出身。1998年、浦和レッズに加入。日本、オランダ、ドイツ、オーストラリアの7クラブでプレー。フェイエノールト在籍時にはUEFAカップ(現・UEFAヨーロッパリーグ)で優勝を経験。FIFAワールドカップには1998年、2002年、2006年と3大会連続で出場した。2023シーズン終了後に現役を引退し、2024年1月14日に北海道コンサドーレ札幌のアンバサダーに就任。2024年からJリーグ特任理事も務める。
辻井 隆行
1968年生まれ。シーカヤックショップで働いたのち、99年からパタゴニア東京・渋谷ストアに勤務。2000 年に正社員として入社後、2009年から2019年まで日本支社長を務める。パタゴニアを退職後は社会活動家・ソーシャルビジネスコンサルタントとして、企業やNPOのビ ジョン・戦略策定に携わる。2022年 、Jリーグ社外理事に就任し、翌2023年に執行役員に就任。サステナビリティ領域を担当している。