チェアマンインタビュー
― まず今シーズンの明治安田Jリーグを振り返ると、鹿島アントラーズが9年ぶりのJ1制覇を成し遂げました。最終戦でメルカリスタジアムを埋めた大観衆にとっても待ちに待った優勝でした。
37,079人とほぼ満員で、あの雰囲気は圧巻でした。この10年、Jリーグもピッチ上の成長と同じくらいクラブ収益も含めた成長が求められるようになっている中で、鹿島は収益も成長しているし、フットボール面のトレンドや世界の流れにアジャストしていこうと試みながら、いろいろなトライをして勝ちました。そこがなかなか合わずにうまくいかないクラブも多く、そういう意味でも素晴らしかったと思います。
そして、もちろん久しぶりに勝った鹿島が強かったという印象はありますが、優勝が決まった場にいて頭をよぎったのは「本当に戻ってきたんだな」という思いでした。私がチェアマンになったころは新型コロナウイルス禍で、声出し応援のトライ(※)を初めてやったのが2022年6月11日の県立カシマサッカースタジアム(当時)。そのときにゴール裏に行って、久しぶりにチャントを歌うサポーターの声を聞いたときはやっぱりすごく「戻ってきたな」という感じはしたんですが、今回はその数倍の大きな声や熱量があった。その差をとても感じ、自分の中でのコントラストがすごくあって、いろいろな意味で良かったなと思いました。
※新型コロナウイルス感染症対策の一環で国民全体での公衆衛生対策が求められる中、スポーツイベントにおける段階的な声出し応援の一環として839日ぶりにJリーグ公式試合における声出し応援が実現。その際は感染防止対策のため、声出し応援エリアが限定された
― 2位の柏レイソルは勝点1差で及びませんでしたが、ボール保持を前面に押し出すサッカーのインパクトは強烈でした。
本当に素晴らしいチャレンジをしていました。よく走っていましたし、チャンス数も多く、アクチュアルプレーイングタイム(APT)も長い。今シーズンのJリーグで柏のようなアプローチをするクラブは多くはなかったと思います。でも、その中で結果も含めて魅力的なものを見せてくれたのは、この先に絶対つながるはず。やっぱり常にアプローチのところで切磋琢磨し合いながら、フットボール自体が成長していくので。
― J2は水戸ホーリーホックが初優勝、初めてのJ1昇格を決めました。
水戸はすごいです。やっぱり全てがうまくかみ合った結果だと思います。長くJ2にいましたが、クラブの収益規模からするとJ2で優勝してJ1に行くのはきっと簡単なことではないと思いますし、本当にすごい。さまざまな見方はありますが、Jリーグには夢がある、と多くの方が感じられたのではないでしょうか。
― 水戸の2024年度の売上高は12億円台で、J2平均を大きく下回ります。強くなるにはお金が必要ですが、それだけではないと示したのではないでしょうか。
そうですね。限られた予算をどう使うかが一番大事で、そのコストパフォーマンスを最大化させたのは素晴らしい。もちろん現場の監督、選手、スタッフも頑張ったのは100%間違いないですが、それ以外のところもうまくやらないと出る結果ではないと思います。
― J3は日本フットボールリーグ(JFL)から昇格して入会1年目の栃木シティが優勝しました。
JFLのころから注目はしていて、Jリーグに入る前からクラブとしてのベースがあったんだと思います。マテイ ヨニッチ選手やピーター ウタカ選手らJ1で実績のある選手、今シーズン途中にはバスケス バイロンといった選手も加入しましたし、長年にわたってスタジアムも含めてしっかり投資をしてきたベースがあり、今年もしっかり投資をしたということだと思います。
数年前にJFLや地域リーグにいたクラブでもこういう結果を出せるということですし、本当に苦しんでいた水戸も勝ち、10年近く勝てなかった鹿島もうまくやればもう一度勝てるようになるんだと証明した。今シーズンはJ1からJ3まで、多くの意味で良かったんじゃないでしょうか。
― J1~J3の明治安田Jリーグ入場者数は計12,879,658人と前年比7.9%増で、2年連続で過去最多を更新しました。
特にJ2が15.9%増、J3が11.3%増と大きく伸びています。J1は4.4%増で、収容率がいっぱいに近いので伸びにくいところがもちろんありますが、収容率自体も伸びています。新スタジアム効果はもちろんありますが、J2、J3は地方クラブが多く、そこでサッカーに触れる回数は圧倒的に増えていると思います。地方を中心に露出を増やすための投資をした結果、数年前と比べれば10倍近い露出量になっていて、それを地域のJクラブが生かしながらリーグのスタッフと一緒になってお客さんを増やすために注力しています。そのためのリソースが足りていない小規模なクラブもありますが、2年前からクラブサポート本部をリーグにつくり、各クラブにリーグスタッフが常に張り付いて入場者数や収益を上げるために一緒にやっている取り組みがうまく回っている結果だと思います。
― 今年は大会規模が大幅に拡大したFIFAクラブワールドカップ2025もアメリカで開催され、日本からは浦和レッズが出場しました。
結果は本当に残念でしたが、3年前にアジアで勝ったチームが出場するという難しさは絶対にあると思います。浦和にとっては、大会自体がいいサイクルのときに当たらなかったのは結果が出なかった一つの要因ではあると思います。もちろんまだ世界のトップクラブとの差はあるとは思いますが、リバープレート(アルゼンチン)とインテル・ミラノ(イタリア)、CFモンテレイ(メキシコ)に3連敗しましたが、試合内容を見ると全くやれなくはないと思います。
― 大会自体がまだ手探りの段階ですが、賞金も巨額です。
この先どういう大会になっていくのか分かりませんが、世界のさまざまなクラブと真剣勝負ができるのは悪くないと思います。日本に限らず、あの規模の予算が維持される大会なら目指したいと思うクラブは増えるんじゃないでしょうか。UEFAチャンピオンズリーグとAFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)を比べると賞金額に大きな差があり、経済的にも魅力的な大会ではあります。
― サウジアラビアで準々決勝以降が集中開催されたACLEは川崎フロンターレが準優勝。資金力のある地元サウジアラビアのクラブの前評判が高い中で健闘しました。
前年の横浜F・マリノスに続いて2年連続で日本勢がファイナリストになっていて、力は絶対にあるし、サウジアラビアのクラブとやっても十分勝負になります。セントラル開催でいろいろな難しさは間違いなくありますが、この先数年もサウジアラビアでのセントラル開催がもう決まっているので、その中でどう勝つかを考えないといけません。選手、クラブを含めて日本のサッカーの力は相当いいレベルにあるので、自信を持ってやればいいと思います。
― ACL2ではサンフレッチェ広島が順当に勝ち上がっていましたが、出場停止の選手を起用したという理由で準々決勝第1戦が没収試合となったことが響いて、敗退に終わりました。
本当に残念な終わり方でしたが、ACL2で日本のクラブの力が圧倒的だということは明らかでした。世界のサッカーのマーケットの中で勝負していく中ではさまざまな国があるので、学びにしていかなければなりません。
― 今シーズンのJリーグでは、フィジカルコンタクトのレベルを向上するために判定の標準を上げるという改革にも取り組みました。魅力的なエンターテインメントを目指すという観点から、その指標としてAPTにも着目したシーズンでした。
まず選手がタフになっている感じはすごくあります。簡単に倒れる選手や、ファウルを欲しがって倒れるようなプレーはだいぶ減っている印象です。やはり国内だけでなく世界のトレンドも含めて、インテンシティーが高くハードワークするサッカーが主流になりつつある中で、Jリーグでもそういうゲームはすごく増えていると感じます。スペクタクルな面も求めたいですが、いざ世界と戦って上位に行こうとすれば、タフにどれだけやれるかという部分が絶対に必要。優勝した鹿島も含めて、それを徹底してやろうとしているチームの強度は非常に高くなっていると思います。
― APTは今シーズンのJ1平均で52分43秒と、昨シーズンの52分6秒と比べて若干伸びています。スプリント回数などの数値は夏以降に前年を上回る結果になりました。
プレー強度を示すデータや走行距離は増えていて、悪くはないかなと思います。APTに関してはサッカーのスタイルに影響されるところもあり、増えているのはいい傾向ですが、審判が試合をどうコントロールするのかによる部分も大きいと思います。サッカーのルールがAPTを長くするためにどんどん変わっていく中で、審判の役割はますます大事になってきます。その審判も少しずつ意識が変わってきているかなとデータからは読み取れます。ファウルを受けたチームにとって、プレーを止めた方が有利なら反則を取ればいい。でも以前は、反則を取らない方が有利になるのに、止めてしまうことが結構あって、それはファウルを受けたチームにとってもマイナスだし、観客にとってもマイナスなこと。そうではなくなっているシーンは圧倒的に増えているものの、ファウルを受けたチームが損をしたままということもなくはないので、そこはやはり審判のレベルをどう上げていくかという話になってくるでしょう。でも全体的に選手が戦うようにはなったと思います。
― 審判のレベル向上という点で、どういった取り組みが必要でしょうか。
審判のレベルそのものは上がってきてはいると思いますが、もっとフットボールへの理解を持たないと判定を間違えたり、もっと楽しいものをつくれなかったりするのではないかと常々考えていました。そこで一番必要なのは選手目線。だから元選手が審判とコミュニケーションを取り合いながら、「あのとき、きっとあの選手はこういう感覚だった」とか、全体感としてどうだったかなど、ピッチ上の経験者としての考えや心理を伝えていくことで、もっと良くなるんじゃないかなと思っています。審判がゲームをコントロールしていく上で、おそらく足りていない部分の一つがプレーヤーの感覚だと思うので。そこで公式試合にJリーグOBの担当者が同行し、試合後に審判と判定について話し合う制度をスタートさせたいと考えています。早ければ2026特別シーズンから導入できればとの考えです。既に具体的な調整に入っており、制度については改めてお知らせしたいと思います。
― 2026年はいよいよシーズン移行の年。改めて、その狙いはどういったものでしょうか。
出発点は、Jリーグのマーケットをどこと捉えるかということ。日本の中の産業として根を張っていくために約30年間やってきて、十分な成果も出ていましたが、30年たつ間に世界のサッカーマーケットの拡大と比べると、だいぶ置いていかれてしまったのも事実です。これで良かったんだろうかと真剣に考えることが一つのきっかけだったと思います。シーズンを変えた方がいいという意見は20年前くらいからあって、メリットはたくさんあるとは思います。私の中での決定的なものは、フットボールファーストで考えたときの夏場のJリーグの試合におけるパフォーマンスの低さ。これはシーズンを変えることで劇的に変えられるというふうに感じたので、そこが一番大きいところかなと思います。
今までの競争相手は隣町のクラブ、国内のライバルクラブだったので、暑さでパフォーマンスが上がらない中でも条件は平等だからそれでいい、としていたかもしれませんが、今やクラブにとってのライバルは欧州のトップクラブであり、例えばJクラブに所属する20歳のセンターフォワードの選手にとって、ライバルは欧州で活躍する20歳のセンターフォワード。そんな世界のはずなのに、国内だけに目を向けただけではどうしても成長の妨げになる。これはデータから見ても明らかなので、それらを根本から変えようということです。移籍やフットボールに関わる仕事をする人たちがグローバルスタンダードで仕事をするか、国内だけの産業として仕事をするかでも、違います。シーズンを変えることで自然と競争相手が変わってくるので、その意識も変わるだろうし、いろいろなメリットが生まれてくるということですね。
― シーズン移行に伴って新設した「Jリーグ降雪エリア施設整備助成制度」で、降雪期にも練習できる「エアドーム」などの整備に1クラブあたり上限3.8億円の助成金が交付されます。
シーズンを変えるに当たって、Jリーグとしてのクラブへの投資総額は百数十億円。もしかすると難しくなるかもしれない時期を乗り越えるために、その金額を用意して準備はしているので、降雪地域が必要とするものに対するサポート体制は、まだ発表できていないものも含め、一定以上準備してきています。地域やクラブによって必要とするものは違うので、練習のために芝の融雪設備が欲しい地域もあれば、場合によってはスタジアムを暖かい環境にしたいというクラブも出てくるかもしれません。それはあくまでもファン・サポーターや地域のために必要なものということなので、例えばエアドームにしても別にクラブのためだけのものでは絶対にない。地域の人たち、子どもたちが年間通してスポーツができる環境を整備することが、これを機にできるようになるのは、すごく前向きなことだと思っています。
― 助成金の上限を超える部分の資金調達についてもJリーグが主体的に対応しているということで、クラブの負担はかなり軽減されます。
エアドームを作る場合、土地を用意するのも運営していくのも地域のクラブや地元の人たちなので、何が必要かを地域で話し合ってもらい、その場所があればリーグや日本サッカー協会、さまざまな助成金やスポンサーなどでかなりの金額をサポートできるようにはなります。そのスキームがしっかり出来上がって運営もできるとなれば、降雪エリアだけではなく暑熱対策も含めて日本中にその環境を整えていくというのが一番やりたいこと。これは別に今回限りの話ではなく、スポーツやサッカーの環境を良くしていくのは常に、10年後も20年後も絶対に必要なことなので、リーグとしてはずっと取り組んでいくことになると思っています。
― 2026年は選手育成のためのU-21 Jリーグも東西2リーグ制で11クラブが参加してスタートします。グローバルフットボールアドバイザーとしてロジャー シュミット氏を招くなど、強化や選手育成のための新しい手も打っています。
選手のパスウェイはいろいろあり、今までもうまくやれているところもたくさんあります。日本の選手育成は小学生年代や普及のところからベースがすごく整っていると思いますが、最後の20歳前後のところでちょっとシュリンクしているというか、まだやらなきゃいけないところ、くすぶっているところがあるのではないかと感じています。特に影響を受けるのは大学サッカーを選択せずJクラブ入りした選手たち。そういう意味では、クラブが選手を育て、チーム力を上げるためにもU-21くらいの年代で活動をする方が多くのメリットがあると考えるクラブが11クラブいたということですね。
― ポストユースの育成は日本サッカーの大きな課題です。
18歳までは高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグなどがありますが、その後の年代のリーグはなく、そのまますぐJリーグになってしまいますからね。例えばJ3で若い選手が経験を積むというようなことが将来的には起こると思いますが、それが今すぐに起こりづらいのであれば、U-21 Jリーグというものをつくっていくのは悪くないのではないかと。J3とU-21は似たようなレベルになると予想されるので、将来的にはそのクラブ同士をリーグ戦の中でどう共存させるかということも考えないといけなくなるかもしれません。
各クラブで育成にもっと投資がしっかりできるようになっていけばいいと考えています。育てた選手を移籍させることがビジネスにならないとなかなか意識が向かないと思いますが、例えば3年に1度、有望選手を移籍させて10~20億円が獲得できるという状況になれば投資も増えていくのではないでしょうか。そうすると試合で若手をどんどん使うことにもつながるでしょう。実戦を経験させて力をつけさせるとともに、欧州のクラブなどから注目を集めるきっかけにもなるので。
― 2024年度 に始まった小野伸二さんの「スマイルフットボールツアー for a Sustainable Future supported by 明治安田」も着実に回数を重ねています。
日本のサッカーのために何をしてもらうのが一番いいかなと考えたときに、全国を回ってサッカー少年少女と触れ合うという、セルジオ越後さんがやっていたようなことの現代版を実現できたらいいなと。シンジの一番の良さである「見せる」という部分が、受け手の子どもたちにとってもいいんじゃないかなと思いました。それはセルジオさんからわれわれが受けてきたものなので。それにサステナブルな社会をどうつくっていくかということを子どもたちにも伝えていくという啓発を一緒にやっていくということで、今後2~3年で全60クラブを回る予定です。
― 明治安田Jリーグ百年構想リーグでは「釜本邦茂賞」が設けられました。2025Jリーグアウォーズではセルジオ越後さん、ラモス瑠偉さん、木村和司さんにチェアマン特別賞を贈るなど、先人へのリスペクトを示した形です。
釜本邦茂賞は、J1は2つ、J2・J3は4つのグループでリーグ戦を実施する中で、最も多く点を取った選手に得点王として贈られます。今年、釜本さんが亡くなったということもあり、ご遺族とも相談して決めたものです。 2026年はシーズン移行の大きな変化のタイミングなので、今までの感謝をしっかり伝えたい。三十数年間の積み上げがあったからこそ外に目を向け、外と勝負しようと思えるようになったのは間違いないので。セルジオさん、ラモスさん、和司さんも含めた先駆者の人たちがいたからこそ、このような変化を迎えられたという思いですね。
― 2026年は初の公募で新卒採用したJリーグ職員も加わります。
なぜ新卒採用に踏み切ったかというと、若い人たちの感覚も絶対に必要だからです。今のJリーグ職員は平均年齢が40代で、20代の人材が少ない。自分たちが若かったころの空気と今の空気は当然違いますが、同じだと思ってしまっているところが少なからずある。それはあまり良くないし、新しいものが生まれません。お客さんやファン・サポーターが増えている現状はポジティブですが、それは今そうなっているだけであって、10年後は今の人たちで構成されているわけでは絶対にないので、新しい人がどんどん入ってくる環境をつくらないといけない。その感覚を持っている人たちもこの組織にいないといけないということですね。優秀な人たちが多いので、楽しみです。
※掲載情報は2025年12月22日時点のものです







































