SEASON REVIEW 2025

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FAN ENGAGEMENT

2年連続の最多入場者数更新はなぜ実現できたのか?

継続的な取り組みが連動して過去最多の入場者数に

― まずは鈴木さんの現在の役職と、担当されている領域について教えてください。

鈴木役職はJリーグ執行役員で、事業マーケティング本部長を兼務しています。事業マーケティング本部は、入場者数の最大化を担う集客、テレビなどのメディア露出、グッズなどの商品化、さらにマーケティングシステムやプラットフォームの構築と運用までを管掌しています。以前は、それぞれが「点」で動いている感覚がありました。それが今では入場者数と物販、飲食、メディア露出といった施策同士を「線」や「面」として設計できるようになりました。

― 2024シーズンは2019シーズンを上回る総入場者数を達成しました。今シーズンは「我慢の年」と認識して臨んだとのことですが、結果として2024年を上回る1350万人まで伸ばすことができました。どういった要因がプラスに働いたのでしょうか。

鈴木今シーズンは、ここ数年続けてきた取り組みを深化させ、個別に実施してきた施策が連動して動き出した、という感覚が近いです。ローカル局での露出や試合中継が増え、キー局での番組も増え、各クラブの集客注力試合があり、そこに新スタジアムや話題性が乗ってくる。その組み合わせが、今年はきれいにかみ合いました。

― 今シーズンは、どのカテゴリーの伸びが大きかったのでしょうか。

鈴木今シーズンはJ2・J3が、伸び率の面でJ1以上にリーグ全体をけん引してくれています。2022シーズンの後半から続けてきたローカル番組での露出強化が、視聴率や中継本数の増加につながり、「地域のクラブに関心を持つ人」が確実に増えてきた結果だと捉えています。ローカルエリアでの露出量は2022年比で460%と大きく増加しました。

Jリーグではスタジアムの収容率80%以上を「満員」と定義しています。昨シーズンの満員は147試合でしたが、今シーズンは229試合を記録しました。サンフレッチェ広島やV・ファーレン長崎のような新スタジアムの効果があるクラブだけでなく、柏レイソル、川崎フロンターレ、鹿島アントラーズ、ファジアーノ岡山のようにチケットが取りづらいクラブも増えてきました。

― 新規で来場した方の場合、満員のスタジアムでの体験が、その後のリピートにつながる可能性も高まりますよね?

鈴木そうです。初めて来た方や久しぶりにスタジアムを訪れた方が、満員のスタジアムの熱気を体験すると、それ自体が次の来場の強い動機になります。ですから、総入場者数だけでなく収容率を上げていくこともまた、リピートや定着の観点から重要だと考えています。

― 今シーズンは新しい施策というより、これまでの施策の積み重ねが数字に結びついたということですが、一方でマイナーチェンジによる改善もあったと思います。象徴的な事例を教えてください。

鈴木世の中に打ち出す施策は、コンテンツ内容や公開タイミングなどを日々チューニングをして効果の最大化に努めていますが、今年、特に特徴的だったのが「子ども招待」です。もともと各クラブでは、学校行事や行政と連携した子どもの招待を行っていましたが、今年はシルバーウイークの9月下旬に、リーグとして子ども招待キャンペーンを設定しました。

子どもは無料招待、大人は優待または定価という設計でしたが、想定以上に応募が非常に多かったんです。夏休み明けは、例年だと集客が落ち込みますが、今シーズンは「(集客数の)中規模の山」をつくることができました。ゴールデンウイーク期や夏休み期の山をさらに高くすると同時に、シルバーウイークのような谷間にも新たな山をつくって落ち込みを防いだという感じですね。

キー局による「Xのトレンド入り」とローカル局による「深堀り」

― 集客アップに貢献したローカル局での露出強化は、いつから本格化したのでしょうか。

鈴木2022シーズンの後半からなので、ちょうど4年目に入ったところです。そこから視聴率や中継本数が少しずつ増え、「地域のクラブに関心を持つ人」を着実に増やしてきました。特に首都圏はコンテンツが非常に多いので、サッカーやJリーグにあまり関心がない人に、地上波という一番大きな間口でどうアプローチするかを意識してきました。

― キー局では、昨年は日本テレビの『オフ・ザ・ピッチ』、今年はフジテレビの『けるとめる』がスタートしました。それぞれ、どのような狙いがあったのでしょうか。

鈴木『オフ・ザ・ピッチ』は、選手のパーソナリティにフォーカスした番組で、引き続き堅調です。『けるとめる』は、月曜23時台の単独番組で、MCはTravis Japanさん。結果報道やスーパープレー集ではなく、サッカーバラエティに振り切った構成にしたのがポイントです。

「若者のテレビ離れ」といわれる昨今ですが、TVerでの同時配信や見逃し配信もありますし、Xのトレンドに入ることもしばしばです。Xのトレンド入りすると、リアルタイムでテレビを見ていなくてもタイムラインに番組名が流れてきて、番組やJリーグにたどり着くケースも多いですね。

― 実際、今年は『けるとめる』からトレンド入りする機会が多かったそうですね。

鈴木そうなんですよ。毎週のように1桁順位に入るようになりました。放送時間前後だけで数万件の投稿があって、その約8割が女性。Travis Japanさんのタレントパワーに加えて、彼ら自身がスタジアムに足を運んでくださっていることもあって、新規の女性層とJリーグとの接点をつくれている手応えがあります。

テレビは、デジタルも巻き込んだモーメントを生む装置だと思っています。トリガーはテレビですが、そこで完結しないのが今のテレビ。「Xのトレンド入り→話題化→TVer視聴→口コミの伝播」という循環ができている。『けるとめる』に携わる中で、こうした循環構造を強く実感しました。

― では、ローカルのサッカー番組については、いかがでしょうか。

鈴木4年目に入って、内容が明らかに変わってきています。試合結果のダイジェストが中心だったのが、クラブや選手の背景を深掘りする企画が増え、ストーリー性のある構成になってきました。また、各クラブの集客注力試合と連動して、事前告知を番組内で集中的に扱っていただいたり、試合当日の取材自体をコンテンツとして発信していただいたりするケースも増えています。

また、例えば、今年の応援ソング『For Decades』を歌っていただいたLittle Glee Monsterさんには、各クラブの集客注力試合でスタジアムを巡っていただき、地元番組にも出演してもらいました。こうしたリーグやクラブの施策と露出が連動するようになって、単なる結果報道から、集客や戦略に寄り添うコンテンツへ進化していると感じています。

集客注力試合と「THE国立DAY」でのサンプリング

― 先ほどから何度も出てきている集客注力試合と、それを支える助成金の仕組みについて教えてください。

鈴木集客注力試合と助成金制度は、昨年から本格的に動き始めました。「1クラブあたり1〜3試合分の注力試合を後押しするための費用」を条件付きで支援する仕組みです。クラブが企画するイベントやキャンペーンの規模を、一段階引き上げるための原資というイメージですね。「既存施策への上乗せになっているか」「注力試合の魅力強化につながっているか」をこちらで審査しています。

― 助成金については、どのような使い方が効果的だと感じていますか。

鈴木ギブアウェイ(来場者プレゼント)への活用は、非常に効果が高いと感じています。ベースボールシャツやブランケット、ポンチョなどを、ホーム開幕戦や最終戦、注力試合に合わせて配布する取り組みです。こうしたギブアウェイに加えて、「著名アーティストのライブがある」や「花火やドローンのような非日常を味わえる演出がある」といった要素を組み合わせていくことで、新規層やライト層の来場動機を創出することができます。観戦体験において、試合はもちろん重要ですが、試合以外のエンターテインメント要素を強化することも非常に重要であると考えています。

― 注力試合と並ぶ施策として、2023シーズンから始まった「THE国立DAY」があります。招待チケットについては、一部で批判もあるようですが、いわゆるバラマキとの違いは何でしょうか。

鈴木ポイントは、招待応募時にJリーグIDの登録を必須にしていることです。テレビCMやデジタル広告などで招待キャンペーンを訴求し、応募の入口でID登録をお願いしています。主催クラブをお気に入り登録してもらう設計にしているので、クラブにとっては当選・落選にかかわらず、顧客リストが増える構造になっています。

従来のバラマキは「誰に配って、誰が来て、誰が来なかったのか、リピート来場につながったのか」が追えません。これに対して、IDをベースにした招待は「サンプリング」なんです。将来的に有料でチケットを買っていただき、ファンクラブやシーズンシートにつながっていく。そのロードマップの「観戦1回目のハードルを下げる」位置づけで設計しています。

招待施策経由で新規にJリーグIDを登録してくださる方、そして新規来場される方を分析すると「若い女性の比率が高い」という傾向がはっきり出ています。クラブや時期によって差はありますが、平均年齢は既存ファンよりも約5歳若く、女性比率も10ポイントほど高い。これまでスタジアムとの接点が薄かった、若年層や女性層にリーチできているという手応えはあります。

― なるほど。そこからリピーターにしていくために、どのような工夫をされていますか。

鈴木まずは「最初の体験の質」が何より重要だと考えています。集客が苦しい試合の穴埋めに招待施策を使うのではなく、夏休みやゴールデンウイークのような、人が集まりやすくスタジアムも盛り上がる試合にしっかりセットしてもらうよう、クラブにはお願いしています。

そこから先は、ナーチャリング(顧客育成)のフェーズだと捉えています。一度来てくれた方には、来場御礼のメッセージと次の試合のオファーを送り、反応がなければ内容を変えたオファーを送る。こうしたコミュニケーションは、ある程度は自動化して回せるようになっています。

「第二の開幕」となるシーズン移行に向けて

― 新たに管掌となる物販の領域について、現状の数字と背景を教えてください。

鈴木直近では8月末時点の集計になりますが、物販の売り上げは前年同期比で118%になっています。同じ期間の入場者数の伸びが108%程度なので、お客さんが増えた分以上に物販の伸び率が高い状況です。背景には各クラブの工夫に加えて、リーグの助成制度によるスタジアム物販改革があります。物販については去年から、店舗レイアウトの変更やキャッシュレス化などに使える助成金を用意しています。

実際に「レイアウトを変えただけで売り上げが倍になった」というクラブも出てきています。従来の窓口型売店ですと、後ろに並ぶお客さんのプレッシャーもあって選ぶ時間が限られ、結果として客単価が上がりにくい面がありました。今は店内を自由に回りながら商品を選び、会計列を別に設ける「回遊型」を推奨しています。これによって、客単価や売り上げの向上といった効果が顕著に表れています。

― 近年は「インバウンド来日客」といわれる訪日外客数も増加していますが、インバウンドに関する施策なども行っているのでしょうか。

鈴木まさにインバウンド来日客に関しても、重要な顧客として意識していて、いくつかの施策を仕掛けています。具体的には、会員登録なしで購入できる英語でのチケット販売サイトを新たに導入したほか、ホームページやSNSの多言語対応を行うことで、スタジアム来場への導線を整えました。

オウンドメディアのみでなく、チケット販促のデジタル広告を打ったり、訪日観光客向けのメディアへ露出を図ったりすることで、直接的な集客訴求も行っています。また、デジタル施策のみでなく、観光地やホームタウンのホテルでチラシを配布するいわゆる「地上戦」も併用しています。

― こうした施策によって、今季のインバウンド向けのチケット販売数は、どれくらい増えたのでしょうか?

鈴木昨年比で1.5倍以上に増加しました。インバウンド来日客に対する集客施策によって、入場者数や入場料収入だけでなく、グッズ・飲食などの副次収入、ひいては帰国後にJリーグの魅力を自国で発信いただくことで、海外でのJリーグの認知・関心の向上も期待できると考えています。

― ここまで、集客アップに関するさまざまな取り組みを伺ってきましたが、AIを活用している部分もあるのでしょうか。

鈴木すでにいくつかの領域で組み込んでいます。分かりやすいのは、試合ハイライトの自動生成です。全てのプレー映像に付与されたタグ情報をAIが読み取り、条件に応じたハイライト動画を自動で生成してくれます。JリーグIDをお持ちの方に提供している「推し選手動画」も、登録した選手のプレーだけを抜き出して自動で編集・配信される機能なのですが、その裏側の処理にAIを使っています。

現在、チャレンジしているのが、「顧客一人ひとりの次の試合の来場確率をAIで予測する」取り組みです。まず、JリーグIDに紐づいているチケット購入履歴や来場履歴、居住エリアなどを基に来場確率を算出します。その結果を全クラブが利用している「顧客データベース」と「マーケティング共通基盤」を組み合わせて、ファン・サポーター向けの施策やおもてなしに活用していきたいと考えています。

― なかなかに未来を感じさせる取り組みですね。最後に、来年の百年構想リーグ、そしてシーズン移行の位置づけについて教えてください。

鈴木来年の百年構想リーグは、最初で最後の特別な大会と位置づけています。J1は東西、J2・J3はミックスで4グループに分かれて戦い、ダービーマッチや地域色の強い対戦が増えます。PK戦で勝敗を決めるレギュレーションも含め、地域性と完全決着の面白さを前面に出してプロモーションしていきたいですね。

その先の2026/27シーズンは、Jリーグにとって「第二の開幕」ともいえる大きな転換点です。カレンダーが変わることで、これまで「開幕、ゴールデンウイーク、夏休み、終盤戦」としてきた4つの山の位置関係も変わります。そんな中、今年のシルバーウイークに子ども招待やコラボ企画を仕掛けて一定の手応えが得られたことは、その予行演習になったと感じています。

その上で、Jリーグを楽しんでくださるファン・サポーターの皆さまには、心から感謝をお伝えしたいです。JリーグYBCルヴァンカップ決勝でのコレオグラフィに象徴されるように、クラブとファン・サポーターの皆さまが自発的につくり上げる熱狂こそが、最大のコンテンツであり最強の集客施策だと強く実感しています。これからもスタジアムに足を運んで、応援を続けていただければ幸いです。

<この稿、了>

文・インタビュー写真 宇都宮 徹壱

プロフィール

公益社団法人 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)

執行役員(事業マーケティング担当)事業マーケティング本部 本部長 鈴木 章吾

※掲載情報は2025年12月22日時点のものです

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