MANAGEMENT
新スタジアム構想
スポーツを通じて社会価値を創造する、人づくり、まちづくりに取り組む―。クラブが10年前に掲げたその理念が今、「地域課題の解決に資するサッカースタジアム」として形を成そうとしている。J2のいわきFCを運営するいわきスポーツクラブ(SC)がいわき市の小名浜港の区域を整備候補地に2027年の着工を目指す新スタジアムは、サッカー観戦だけではなく、子どもたちの学びなどにつながり、新たな価値を生み出す多機能型の施設として計画されている。街そのものの構造を変える可能性も秘めたスタジアム計画が、市民の大きな関心を集めている。
©IWAKI FC
2015年に誕生したいわきSC。そのきっかけとなったのは2011年の東日本大震災だ。現いわきSC社長で当時湘南ベルマーレ社長を務めていた大倉智さんが、「アンダーアーマー」の日本総代理店を務めるドーム創業者で、震災復興のためにいわき市に物流センターを造った安田秀一さんと共にクラブを設立した。「浜を照らす光となる」。復興に貢献したい、スポーツで人づくり、まちづくりをしたいという思いが出発点にあった。
福島県2部リーグからスタートしたいわきFCは駆け上がるように昇格を続け、2021年に日本フットボールリーグ(JFL)優勝、2022年にJ3優勝を成し遂げ、2023年からJ2で戦っている。チームの躍進に伴い、先延ばしできない現実の問題として直面することとなったのが新スタジアムの建設という課題だ。
現在のホームスタジアムのハワイアンズスタジアムいわき(入場可能数5,066人)はJ1、J2ライセンスの基準を満たしていない。クラブは2022年、3年後までに新スタジアムの整備計画をJリーグに提出することを条件に「例外規定」でライセンスを受けた。
具体的な期限が設定されたことで新スタジアム建設が現実味を帯びることとなった。建設場所も決めなければならない。大倉社長はそのとき「スポーツで人づくり、まちづくりをすると言ってきたクラブがJ1に行く、J2にいるためにスタジアムを造るというのはおかしな話。クラブのビジョンの延長線上にスタジアムがなければいけない」と思ったという。「いわきFC」ではなく「地域」を主語にスタジアムの在り方を議論するため、いわきSCは2023年、新スタジアム検討委員会「IWAKI GROWING UP PROJECT」(以下、検討委)を設立した。
経営者や教育関係者、弁護士、クリエイターなど地域のさまざまな立場の人がメンバーとなるユニークな会議体。地域の未来をつくる子どもたちの声も聞こうと「ユースプロジェクト」も組織した。
©IWAKI FC
座長を務めたのは、数多くのスポーツ施設建築に携わった日本女子体育大学体育学部教授(当時)の上林功さん。検討委への参加について相談を受けたとき、上林さんは「これまでになかったスタジアム建設の第1歩目というのを、この検討委は実現できるのではないか」と感じ参加に応じたという。スタジアム建設の過程で地域の思いと溝ができ、反対運動が起きるケースを各地で見てきたためだ。「最初から、みんなの意見を聞きながらスタジアムを造れないかという問題意識を持っていた」
検討委での議論は多岐にわたった。「スタジアムが建ったら、そこでどんな課題が解決できるか」「こんなのがあれば楽しい」「どうやったら住みやすくなるか」。人口減少など、地域が抱える課題を前提に意見交換を進めた。だが、参加者の意見は千差万別で「もうカオス状態」(大倉社長)。一体どうやってまとめるのかと関係者が途方に暮れていたとき「ユースプロジェクト」の子どもたちが大人の前で発表する機会が設けられた。子どもたちの真剣な発表に、場は静まりかえった。「大人は子どもたちのために絶対に構想を実現しなくてはだめだという空気感に変わった。子どもたちの意見表明が転換点となり、議論が進んだ」と大倉社長は語る。
©IWAKI FC
曲折を経て検討委は、「まちの構造を変えるスタジアム」「常に時代の先をゆく可変的スタジアム」「教育・学びを支えるスタジアム」「人が集い『偶然の出会い』が生まれるスタジアム」という4つのビジョンをまとめた。ビジョンをまとめ上げた上林さんは「震災をみんなで一緒に乗り越えてきたいわき、浜通りの人には、みんなで何かをつくり上げていくという気風、文化が根付いていると感じた」と議論を振り返った。
スタジアム建設には、Jリーグが求める要件もクリアする必要があった。その一つが「アクセス」。単に交通の便が良いことを意味するのではなく、スタジアムと観光施設など周囲の地域資源を掛け合わせ、地域経済に好循環をもたらす場所を選ぶべきという言葉だ。
検討委の議論、Jリーグが求める要件などを考慮してクラブが選定した場所は福島県内屈指の観光交流拠点の「小名浜港」だった。水族館「アクアマリンふくしま」や道の駅いわき・ら・ら・ミュウ、イオンモールいわき小名浜など集客力の高い施設が集まり、スタジアムとの相乗効果が見込める。クラブは海に面した現在は駐車場として使われている県有地約2.8㌶に収容人数8千~1万人程度のスタジアムを建設するという計画を、Jリーグに提出した。2027年11月までに着工し、2031年のシーズン開幕までの完成を目指している。
サッカーの試合のない日は年間345日程度ある。これらの日にもスタジアムに人に集ってもらうにはどのような機能が必要か。検討委の議論を踏まえた具体的な検討が現在進められている。スタジアムのピッチに面した一角には、ビルディング棟の建設が計画されていて、大倉社長は「地域の課題解決のための場所にしたい」と意欲を語る。「例えば健康のための場所、ウェルビーイング(心身の健康と幸福)の考え方に基づいた施設、子どもが学ぶ場所など。いわきでは若者世代が市外に流出してしまい、人口が減っていることが大きな問題になっているので、子育てに寄与する機能を備えて若者にとって暮らしやすい街に変えていく一助にするというのも考えられる」
©IWAKI FC
大倉社長は、スタジアムの計画作りで悩んだときは分科会のメンバーに相談するようにしている。「この間相談したら『体温が上がるスタジアム』というキーワードをもらった。試合観戦のとき以外もスタジアムに来れば体温が上がる、元気になる、生きる力をもらうというコンセプトだ。メンバーの協力を得ながら構想を磨いていきたい」
一方、スタジアム建設に向けてクリアしなければならない課題は少なくない。一つは資金面。サッカースタジアムの建設を巡っては「公設民営」などさまざまな形式があるが、いわきSCが現在進めているのは「民間主導、官民連携」だと大倉社長は言う。「クラブが資金を集めてスタジアムを所有する。ただ、サッカー専用ではなくて地域の価値創造のための施設でもあるから行政にも連携してもらう。行政とどう連携してスタジアムを管理していくかという連携の在り方は考えていかなければならない」。ファイナンスのスキームもさまざまな形を検討しているが、クラブがスタジアムを所有するという点にはこだわりたいという。「所有した方が、自由が効く。ピッチを市民に開放するのもクラブの判断で行うことができるし、クラブの価値を上げていくという点でスタジアムを所有するのは大事なことだと思っている」
課題の2つ目は防災、津波対策だ。スタジアムの整備候補地は震災で甚大な津波被害が発生した場所だ。クラブはスタジアム内にいざというときに避難できる場所を設ける考えだ。
交通面にも大きな課題がある。スタジアムは現在駐車場として使われている場所に建設されるため、駐車場の確保や新たな公共交通の整備が求められている。こうした問題を受け、JR常磐線泉駅と小名浜港周辺をつなぐ貨物輸送の福島臨海鉄道は、同区間で人を運ぶ旅客営業を行えないか検討している。実現すればスタジアムへのアクセス向上だけでなく、小名浜エリアの観光そのものの活性化につながる。スタジアム計画が、街の構造自体を変えていくインパクトを持つ一例といえる。
いわきFCはJ2参入3年目の今シーズン、最終成績を15勝11分け12敗とし、昨シーズンと同じ9位で終えた。今シーズンは開幕以降9戦勝利がなく、一時は最下位に落ちたが、4月と8~9月に3連勝を2度、10~11月には4連勝して追い上げた。今シーズンのホームゲームの累計入場者は83,063人で、過去最多。チームが生み出す熱狂は年々大きくなっている。
スポーツによる社会価値の創造、人づくり、まちづくり。クラブ設立当時から変わらないこの理念は近い将来、スタジアムという新たな舞台でより大規模に展開されることになるだろう。
文:須田 絢一 (福島民友新聞社)
- Appendix 米国スタジアム視察実施
-
Jリーグでは、海外のスタジアムの建設コンセプトと技術の最新トレンドなどを把握することを目的に、2008年より複数回にわたって欧州スタジアム視察を実施してきた。2024、2025年は、近年成長が著しいMLS(Major League Soccer)のスタジアムを研究するため、米国への視察を敢行した。
視察事項 - ・最新の建設コンセプトのトレンド、スタジアム建設技術
- ・街づくりとの連動、複合施設化
- ・安定したスタジアム経営のための各種取り組み
- ・環境、サステナビリティに配慮した取り組み
視察地域 2025年:サンノゼ、ロサンゼルス、オースティン、マイアミ
(参考 2024年:コロンバス、シンシナティ、アトランタ、ナッシュビル、セントルイス、ミネソタ)視察内容 スタジアム視察・トレーニング施設視察・関係者ヒアリング(CEOなどの経営幹部へ質問を実施) 視察報告書の公開 2024年の視察結果については、2025年より一般向けにも報告書を公開している。
Jリーグ米国スタジアム視察 2024報告書2025年の視察トピック - ・MLSのスタジアムの多くは、将来を見据え、時代の変化に対応可能なスタジアムとできるよう、スタジアム各所に拡張できるスペースを残し、コンコース、VIP席、プレミアムラウンジなど将来の顧客ニーズに対応したアップデートが可能な設計となっている。
- ・BMOスタジアム、Q2スタジアムはコンサートに対応した可変式スタジアムであった。ステージ設置のため解体できるサイドスタンドと屋根に常設グリッド(音響・照明・ヴィジョンなどを吊るす)の仕組みを取り入れ、短時間での設営、天然芝への影響も最小限となるコンサート対応スタジアムを実現し、高稼働化・高収益化を実現していた。
- ・建設中のマイアミフリーダムパークは、スタジアムを核とした地域一体型開発を継続的に進行し、ホテル、オフィスビル、アリーナ、商業施設、大型公園等を併設したスタジアムであった。完成までの間、市内に「マイアミフリーダムパーク・エクスペリエンスセンター」(展示場)が開設されており、プレミアムエリアの先行展示販売を行うと共に、多くのアトラクションなどにより新スタジアムを体験することのできる施設となっていた。
※今後、2024年と同様の報告書を公開する予定
今後の展望 今後も全国各地のスタジアム整備を推進するために、クラブ関係者だけでなくステークホルダーの方々にも参加いただける形での、海外スタジアム視察を検討していく。
※掲載情報は2025年12月22日時点のものです







































