SEASON REVIEW 2023

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FOOTBALL

Jリーグのフットボール改革

Jリーグは30周年を迎えた2023年、次の30年で目指すリーグの未来図を示しました。そこでは今後10年のミッションも示されていますが、そこに込めた思いを教えてください。

「これは皆さんも感じていることだと思いますが、2022年のFIFAワールドカップが終わって、日本代表チームは大きくステージを上げたなという感覚があります。それも3月以降の試合を間近で見ていると、やればやるほど着実に上がっていくという状態になっています。その中でJリーグはこのままで大丈夫なのかという危機感を持っています。なぜかというと、海外からJリーグに戻ってきた選手たちは口をそろえて、Jリーグと欧州のサッカーを『別のスポーツだ』と言います。その状況が今、表れているのではないかという危機感です。日本サッカーのトップ選手たちはワールドカップ優勝を本気で目指すグループになっていて、そのためにUEFAチャンピオンズリーグに出場できるクラブでプレーすることを目指し、実際にレギュラーを張っている選手も出てきている。その次のグループも5大リーグを目指し、そこで活躍している選手もいる。中にはJリーグではまだ大きな活躍をしていなくても、海外に行きたいと思っているグループも出てきている。そういう状況にすごく危機感を感じていて、Jリーグで活躍することで日本代表になれるとか、世界に通用する選手になれるという状況をJリーグでつくらないとまずいと強く思うようになりました。その危機感はこれまでもありましたが、2023年の前半ぐらいによりいっそう強くなりました」

そのような状況下、Jリーグではいくつかの制度改革が進みつつあります。まずは来シーズンからJ1クラブが20に増加することです。これはJリーグの未来図に向けて、どのように位置付けられますか。

「新たに野々村芳和チェアマンが就任してから、Jリーグは二つの成長戦略というものを設けてきました。一つは『60クラブが、それぞれの地域で輝く』こと、もう一つは『トップ層が、ナショナル(グローバル)コンテンツとして輝く』ということです。まず60クラブがそれぞれの地域で輝くという点では、露出をもっと拡大しようということで着実に進めてきています。それと同時にリーグのトップ層がもっと引っ張っていかないとまずい状況だという思いがあります。ではリーグ全体として、トップ層を引き上げるために、われわれはどういう制度設計をすべきなのか。そのためには今のトップクラブだけが成長すればいいわけではなく、そうではないクラブにもトップに食い込んでいく可能性が出てくるような仕組みをつくるべきだということになりました。J1を20クラブにすることによって、これまでよりも2クラブ多い19クラブと戦う可能性を得られます。そして、既に理念強化配分金も上位半分のクラブに配分される制度になっています。すなわち、まずはこのグループに頑張って入っていければ、次の成長に向けた投資のためのお金が入ってくる仕組みに変わっています。さらに2024年からは受け取った配分金で投資のサイクルがスタートするという形になっています」

もう一つはJリーグYBCルヴァンカップの大会方式変更です。これまではグループステージで若手選手が多くのチャンスをつかむ仕組みになっていましたが、今後は大会を通じてノックアウト方式に変わります。このあたりの狙いはいかがでしょう。

「まずJ1だけでなく、J2、J3も参加するカップ戦なので全クラブにチャンスがあります。先ほどの話でいうと、トップを目指せる20チームのグループだけでなく、カップ戦の意味合いを考えれば、全クラブにカップウイナーになる可能性があるということも大事です。その競争の場をつくっていこうという狙いがあります。また配分金はJ1に比重を寄せる制度にしたので、そうではないところでは別のチャンスを広げる必要があります。J2、J3のクラブのホームにJ1クラブが行くという機会をつくることで、60クラブそれぞれの地域で新しいチャレンジを行い、地域がより活性化する形につながる可能性を生み出すことが狙いとしてあります」

そうしたリーグ構造の改革により、2024年から新しいチャレンジが始まります。Jリーグの10年後、30年後の未来を意識しつつ、成長への足掛かりを具体的にどのようにつくっていこうと考えていますか。

「まずは2023年の結果によって、翌年は理念強化配分金をもらえるクラブが9つあるので、それをどう投資していくのかという取り組みが始まります。そこで得た収入を再投資していくというサイクルができていく中で、例えば20年前の川崎フロンターレは約10億円の経営規模だったのが今や70億円近くになっていますし、ここからの10年、20年でどのクラブにもそういうチャンスがあると考えられます」

かつての理念強化配分金システムは優勝チームをはじめとする上位勢が多額の配分金を受け取れるというシステムでした。これを2024年度は9クラブまで広げることで、トップへの足掛かりをつかむチャンスを与えようという考えですね。

「その通りです。これまではAFCチャンピオンズリーグ(ACL)に出場するようなトップの4クラブに多めに配分しようということでやってきましたが、野々村チェアマンの考え方としてはコロナ禍を経て、より多くのクラブにチャンスを与えるべきだと。より多くのクラブにチャンスを広げることによって『そのグループに入っていけば次の投資に向けた資金を獲得できる』というステップアップができるような仕組みにしたほうが良いという考えです」

各クラブが財政に苦しんでいたコロナ禍を経て、どのように投資志向のマインドセットを広げていく考えですか。

「投資する方向性は各クラブで違いがあって良いと思います。クラブのフィロソフィー、フットボールフィロソフィー、アカデミーのフィロソフィーをつくっていく活動にクラブは取り組んでいて、それぞれがそれぞれのクラブのフィロソフィーをつくり、それに基づいて活動しているのが現状です。例えば愛媛FCは『地元の若い選手を登用していく育成クラブ』という、クラブ創設時の原点に立ち返り、あらためてクラブのフィロソフィーに一本筋が通ったことで、クラブの目指すところがはっきりしたそうです。若い選手を積極的に出場させようとか、若い選手を海外クラブに移籍させて移籍金を獲得するとか、そういうマインドが出てきています。クラブのカラーがだんだん出始めていると感じています」

この話に関連するところでいえば、選手育成は明確な投資がないと実らない部分です。選手の海外志向が強まっている中、移籍金を獲得することで投資を回収していくことも大事だと思いますが、そのあたりの展望はどのように考えていますか。

「そこはなかなか難しいですが、やはり選手は試合に出場しないと育ちません。最近は若い選手を積極的に試合に出場させようという流れにはなってきているように思います。日本サッカー協会がワールドカップで優勝するために『Japan's Way』というものを明確にしましたが、そのJapan's Wayの中では「エリートユースでは個別育成に特化し、16歳や17歳でプロデビューする選手、10代でトップの代表に入り、プロサッカー選手として活躍する選手というモデルを掲げています。20歳前後で1回目のワールドカップに出て、25歳ぐらいで2回目、30歳ぐらいまでに3回。そんな選手が3層にわたって続いていくことで、日本代表をより強くしていこうと考えています。Jクラブもそれに基づいて進めていくことが大切です。実際にJクラブの中でも、アカデミーの選手を17歳でプロデビューさせようというクラブも出てきています。どの選手を試合に使うのかというときに、地元の若い選手をより多くの試合に出場させ、良いタイミングで移籍させて移籍金収入を得ようと、取り組み始めているところがありますし、これからそれはもっと加速すると思います。Jリーグの中でも移籍金収入を得ようということで、そういった議論はこの1年間やってきました。まだまだこれからだとは思いますが、意識が大きく変わってきているので、おそらく現実も変わってくると考えています」

一方で近年、Jリーグの若手選手が早くに海外移籍したり、Jリーグを経由せずに直接欧州に行くケースも増えてきていますが、その点についてどのように考えていますか。

「まずは、Jリーグが若手選手に選ばれるためにどうすればいいかということに抜本的に向き合わないといけないと思います。例えばJリーグとドイツの2部、ベルギー、スイスとか、オーストリアのリーグを比べて、現状では欧州の方が良いと思われている状況もあります。もちろん選手たちが欧州を目指すことはやむを得ない部分もありますが、今のJリーグの制度の何が悪いのかを検証する必要があります。そこでまず選手契約制度を抜本的に見直そうという話は、2023年も継続して議論をしてきました。
現状ではシーズン移行の議論があったので、それに伴って新しいルールをつくらなければいけない可能性もあり、いったんは2024年の3月をめどに大枠の方針を固めようということになっています。ただ、問題意識としては460万円というプロC契約の年俸上限に魅力があるか、というところです。これまでは戦力均衡やクラブ経営の安定化のため、そうした制度が設けられていましたが、これからJリーグがより競争フェーズに入っていく中で、金銭面で競争がない世界になってしまっているのはどうなのかということです。ある選手がプロになる段階で、Jリーグに行くのと、ドイツ1部リーグのU-23チームに行くのとどっちが魅力的ですかという競争がもう始まっています。そこで選ばれるJリーグにしていかないといけない時期が来ているので、契約制度は抜本的に見直しが必要だと考えています。
ただその代わり、選手の保有人数は適切な人数に絞っていく方針です。J1クラブが多くの選手を保有するのではなく、J1の保有人数から外れた選手は、J2やJ3で出場機会が得られるような仕組みにしていくことが必要です。その中で仮に25人の保有選手枠があるとして、ホームグロウン選手やU-21枠、アマチュア選手の例外をどのようにつくっていくかという議論をしていきたいと思っています。またACLでは外国籍選手枠が撤廃されるので、J1の外国籍選手枠の設定をどうするかという論点もあります。これはクラブのアイデンティティにも関わってきますし、日本代表選手をどうやって育成していくかにも関わってくるので、なかなか難しい問題です。
その一方で、Jリーグを世界で戦えるプラットフォームにしようと言っている中で、この規制をすることが目指したい方向性に合っているのかという疑問もあります。みんながドイツやベルギーに行きたがるということは、そこで戦えることを証明するために行くわけです。いろいろな多様性があるリーグで、外国籍選手と戦っても通用するということを証明するために行く選手が多くなっているわけです。であれば、Jリーグもそういう舞台にした方が良いのではないかという意見もあります。さまざまな角度からもう少し議論をしていきたいところです」

ピッチ上のクオリティーを上げるためにはどのような取り組みをしていこうと考えていますか。

「冒頭で話したような『日本と欧州では違うスポーツだ』とされる課題感がもともとあった中で、われわれは何が違うのかを具体的に探ろうとデータを見ながら1年間模索してきました。まず難しいのは、一つの指標だけで何かが分かるというものでもないということです。あるチームが何かの指標を基に『これが良かった、これが悪かった』という判断はできると思いますが、リーグ全体が追い求めるべき指標となると難しい。ただ、2022年のワールドカップで日本代表チームは『ハイインテンシティ走行距離割合※について10%以上を目指そう』をテーマとしてやっていたということを伺って、われわれもまずはデータの取り方や取り入れる数値を変え、欧州の指標に合わせるプロジェクトを2023年にやってきました。そこはこれから公開していきたいと考えています。一方でJリーグ全体ではハイインテンシティが良いのかというと、そういうチームが必ずしも上位にいるわけでもないのです。あくまでも相手があってのことなので。従ってまずはクラブのフィロソフィーとか、そこがもう少し色濃く出てくると、ピッチ上の戦い方も変わってくるのではないかということも感じています」

※フィールドプレーヤー10人の全走行距離のうち、時速20km以上での走行距離が占める割合

例えば今シーズンのヴィッセル神戸でいえばロングボールやクロスに対する空中戦、セカンドボールの回収率に目が行きますが、逆に違う指標に目を向けるクラブがあっても良いということでしょうか。

「まさにビルドアップをしっかりやっていこうというチームでいえば、どのパスがどう入ったときにスイッチになるかという見方もありますし、例えば三笘薫選手のような突破ができる選手がいれば、そこにどうやって早く1対1で、なおかつスペースがある状況でボールを渡せるかが鍵になるわけです。こうした細かい部分はリーグ全体の目では見られません。また先ほど話したハイインテンシティのデータがありますが、日本代表チームが目指している10%以上という基準に沿うと、サンフレッチェ広島が8.19%で最も高く、京都サンガF.C.も高いです。湘南ベルマーレ、サガン鳥栖もよく走っている。その一方で横浜F・マリノス、川崎フロンターレ、浦和レッズ、アルビレックス新潟のようにボールをよくつなぐチームは低くなっていますが、順位が低いわけではありません。つまり、それぞれのクラブが何を求めるかは違いますし、それで良いのだと思います」

Jリーグは30周年という節目を迎え、さらに30年後の未来像を掲げています。そこでは「Jリーグが世界一のリーグになる」「Jリーグの選手で構成される日本代表がワールドカップで優勝する」ことを究極の目標に挙げていますが、とてもチャレンジングな道のりになると思います。

「それに近づいていかないとJリーグは駄目だ、という危機感です。ワールドカップという意味では、われわれはアンダーカテゴリーでも、U-17とかU-20で勝つことも非常に大事にしています。10年ぐらい前はU-20ワールドカップに出られない時期もありました。それだとJリーグの育成はどうなっているんだという話にもつながってきますから、そこに優秀な選手を送り出すということもわれわれとして必要ですし、そこで勝ってもらうことも必要です。ワールドカップに出るというのはその選手の価値も上げてくれますし、そういった選手がまずはJリーグで活躍してほしい。またそこで活躍すると、すぐに欧州に移籍しますというのではなくて、Jリーグでまずやって、そこで鍛えられて、代表に選ばれたので行きますという流れになってほしい。そういうリーグでありたいですし、もし海外でチャレンジしてうまくいかなかったとしても、Jリーグでもう一回チャレンジして活躍すれば、また世界で認められるようなリーグになりたいです。素直にそう思っています」