SEASON REVIEW 2023

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MANAGEMENT

スタジアムの将来

なぜ、スタジアムではなくスタジアム“シティ”だったのか

2024年10月14日、長崎スタジアムシティが開業を迎える。その中心にあるのがPEACE STADIUM Connected by SoftBankだ。V・ファーレン長崎が使用する新たなホームスタジアムは周囲にアリーナ、商業施設、オフィス、ホテルが隣接する複合施設となっている。Jリーグでは初めてとなる民設民営でのスタジアムは“スタジアムが持つ可能性”に新たな未来を描き出す。

「きっかけはもちろん、われわれがV・ファーレン長崎を運営していたこと。そして、専用スタジアムがこの街にあった場合に、街の発展につながるのではないかということ。その可能性を探るところからのスタートでした」 株式会社ジャパネットホールディングスのグループ会社で地域創生事業を担う株式会社リージョナルクリエーション長崎の岩下英樹社長は壮大なプロジェクトの始まりをそう語る。人口減少や若い世代の県外への流出、どの地方都市も抱える現代の課題を解決する。地域創生の観点から動き出したプロジェクトはスタジアム、アリーナだけにとどまらずに可能性を大きく広げていくことになる。

「Jリーグ、Bリーグの試合のみだと年間での稼働は極端に少ないので、それでは成立しないという大前提がありました。それならば、もうちょっと角度を広げて、街づくりという観点で運営していったらいいのではないか」(岩下社長)

スタジアム、アリーナからスタジアム“シティ”へ。商業施設、オフィス、ホテルという街が長崎の人々の生活と密接な関係をつくり上げていく。そのストーリーの主人公としてスタジアムとアリーナがあるという形だ。スタジアムシティの特徴として挙げられるのがその回遊性だ。

「スタジアムを中心にしてグルッと一周回る中で全てのコンテンツと施設に触れることができるのですが、その導線を基本的に止めない、シームレスなつくりにしています。併せて、個々が閉鎖空間だと開放感がなくなってしまうので、スタジアム自体も抜け感を大事にしています。空間を通して反対側のホテルが見える。また、その反対のスタンドの間から川が見えて、海が見えて、山が見える。そういう空間がグルッと一周、回遊している」(岩下社長)

スタジアムシティの特徴が開放感であれば、スタジアムの特徴はその距離感だ。「物理的な距離の近さは感動を何倍にもする」(岩下社長)という考えからスタンドとピッチの最も近い場所での距離はJリーグが規定する5mにこだわった。また、スタジアムの中でもVIPラウンジから選手入場の様子を眺めることができるなど選手とファン・サポーターの接点を増やし、距離を近くする工夫がいくつも施されている。「選手たち、クラブ、チームの魅力が上がるにつれて自動的に観戦体験の価値も上がっていくことになると思うので、そういうループにしていきたい」と、岩下社長はスタジアムのデザインとしての特徴に期待を寄せる。
公平性よりも幸せの最大値。民間主導ならではのメリット
これだけ徹底的に掲げるコンセプトの表現にこだわれるのが民設だからこその強みだ。

「行政と民間の決定的な違いというのは、行政の皆さんは全ての市民、県民、国民に公平でなければいけないという大原則があると思います。それはすごく大事な視点です。でも、逆にわれわれが事業を行うときにそれを担保し過ぎると将来性はなくなってしまう。公平ではないかもしれない。でも、『そこにある幸せの量の最大値では上回ったよね』と言うことができれば、例えば、すごく高いVIP席があったとしてもいいのではないかと思いますし、一方、フリーで楽しめるところもあっていいのではないかと。そういう考え方の違いはあります」(岩下社長)

自分たちがベストだと考えたものを100%で表現できるというのは民設の最大のメリットだろう。逆に難しいのはプロジェクトが投資であること。長崎スタジアムシティには総額で900億円強の資金が投入されている。「回収年限を決めて、投資回収をしないといけないという大原則がつきまとうのがやっぱり、一番難しいところではないでしょうか」と岩下社長は話す。スタジアム単体であれば、年間の稼働日数が限られ、回収という点では極めて厳しい道のりが待っていただろう。ただ、スタジアムシティという複合施設であることが、民間主導でのスタジアム建設に新たな視点をもたらしている。

「試合を開催していないときはスタジアムには自由に入れるようにしようと思っています。例えば、土日、試合がないときにスタジアムシティに家族でご飯を食べに来たけど、お店がちょっと混んでいた。それならテイクアウトで買ってスタジアムの座席で食事する。そういったこともできます。ほかにも、シニアの方が朝の時間帯にちょっと散歩しようかということでスタジアムのコンコースを使うこともできます。そうやって“スタジアム”を身近に感じてもらうことは大事なのかなと思って設計はしています」(岩下社長)

試合開催時にはサッカーの熱狂を感じられる非日常の空間と化すが、それ以外は日常として人々の生活に身近な存在として寄り添う。行政主導でのスタジアム建設となれば、この両立は難しかっただろう。非日常と日常の空間をうまく両立させることができるのは、民間主導でのスタジアム建設の大きなメリットといえるだろう。

「シンボリックな存在へ」。長崎スタジアムシティが郷土にもたらす可能性

スタジアムがショーケースだとすれば、その中で輝きを放つのが商品だ。サッカーでいえば、V・ファーレン長崎というチーム、そして選手たちということになる。素晴らしいショーケースの誕生はその中で輝きを放つことになるチーム、選手たちにどのような影響を与えるのだろうか。岩下社長は「クラブの発展やチームの競争力向上に良い影響があってほしい」と期待を込める。

「私は去年、サッカーとバスケットボールの、両方を見ていましたが、まさにバスケは最初からクラブハウスがあってスタジアムシティの中に新アリーナがある前提で発足したチームで、環境先行型だったと思います。それに応じて来てくれた選手もスタッフもいます。それもあって結果も出て、今、活躍してくれています。なので、そういう良い影響はサッカーの方にもあるのではないかなという気はしています。サッカーの選手たちともよく、『ロッカールームの色は何色がいい?』というような話をします。そういう話をするだけでも将来を想像するでしょうし、それが一つ一つプレーのどこかに響いてくれたら結果も変わってくると思っています。スタジアムの存在が良い影響を与えてくれると信じています」(岩下社長)

Jリーグの野々村芳和チェアマンは「週末に行われるホームゲームでどんな作品を作り上げるか」の大切さに頻繁に触れる。それは岩下社長も同じ思いだ。民間主導ではあるが、共に作品を作り上げるサポーターの存在も忘れてはいない。

「サポーターさんにもさまざまな温度感があると思います。観戦する人、応援する人。V・ファーレン長崎の応援団体の方々とは『大旗が上げにくくなるのでどこで上げましょうか』や『今まで横断幕をたくさん出していたけど出せる場所はどうしますか』など既にそういう話もしています。できる限り、トランスコスモススタジアム長崎でできていたことが新スタジアムになったらできなくなったということがあまりあってはいけないと思います。それをどうやって着地させるのかは直接、話し合って決めています。そういう会話を重ねて、みんなにとって唯一無二のスタジアムに成長していくことが大事かなと思います」(岩下社長)

良い作品を作り上げるために関わる全ての人たちが情熱を注げる最適解を模索する。みんなで作り上げていこうとする姿勢もまた、この新スタジアムの特徴といえるかもしれない。では、完成して以降、スタジアムはどういった在り方が理想となるのだろうか。岩下社長はこう話す。

「将来的にはヨーロッパのようにみんながシーズンチケットを買って毎週、スタジアムに足を運ぶ。その席を手放したくないから翌年もシーズンチケットを買うという世界観の中で、満員のスタジアムで常に試合ができるというのはクラブにとって理想的な姿です。もちろん、クラブとしての魅力を高めていくのも必要ですが、スタジアム単体としても通いやすい、食事も待たなくていいなど、いろいろなプラスの側面が積み上がっていった結果、毎週のようにスタジアムに足を運ぶことが『私の人生の一部である』とみんなが言えるようなところにたどり着きたい」

「世界中の人が“来たい”と思うまちを創りたい!長崎のまちを元気にしたい!!」という思いからのジャパネットの地域創生事業。長崎県は地形的な問題から県北、県央など地域ごとの独立色が強く、さらには離島もあることから地域ごとの結びつきに乏しいという。だからこそ、岩下社長は「長崎スタジアムシティがシンボリックな存在になりたい」と強い決意を言葉に込める。

「長崎という場所には良いものが詰まっていて、歴史や文化にも深いものがあります。被爆した街であることをゆえんとした平和のメッセージを伝えられる意味合いなど多様性を持った街だと思います。ただ、唯一欠けているなと思うのが、歴史や文化というよりも、もっとシンプルに若い人たちが週末、遊びに行く。そういうエンターテインメント性のあるものが少なかったのではないかなということ。それって大きく欠けたピースだと思いますし、それがハマることで全体の良さがまた際立っていく。そのことによって長崎の人たちは自分たちの郷土を誇りに思えるはずです。そして、他県の人たちにとっては長崎が住んでもいいかなと思える街になっていく。観光で行きたい街では上位なのに住んでいる人たちの満足度は下位。これって変だなと思います。ここがかみ合っていけばいいし、そのための存在になってほしいですね」

アリーナ、商業施設などを併設したスタジアム建設は長崎スタジアムシティがJリーグでははしりとなる。岩下社長は「仮にわれわれが失敗してしまうとこれから10年、20年先に地方都市で起きたであろう可能性をつぶしてしまうのではないか。『スタジアムとアリーナを民営で造ったらダメだよね、ジャパネットが長崎で失敗したしね』という将来になってしまうことを考えると、将来のために失敗できないという重圧があります」と偽らざる心境を吐露する。それでも、長崎スタジアムシティという“開拓者”は、スタジアムの新たな未来に確かな足跡を刻むことになるのは間違いない。2024年10月14日に踏み出される第一歩。そこから描かれていく未来はJリーグ、そして、スタジアムの可能性を大いに広げてくれるはずだ。

リージョナルクリエーション長崎
代表取締役社長

岩下 英樹

Hideki Iwashita

1981年長崎県生まれ。2006年ジャパネットたかたへ入社。
インターネット部門、プロモーション戦略部門などの責任者を経て、
2019年物流・設置部門のジャパネットロジスティクスサービス代表取締役社長に就任。
2020年にジャパネットホールディングス取締役、長崎県初のプロバスケットボールクラブである長崎ヴェルカ代表取締役社長に就任。
2023年に地域創生事業を進めるリージョナルクリエーション長崎とリージョナルフーズ長崎の代表取締役社長に就任し、現在はグループ2社の代表を務める。