SEASON REVIEW 2023

30周年企画の仕掛け人たちの想いを記録する

SPECIAL TALK II私たちが国立競技場で試合をする理由 編

取材 2023.12.12

ホームスタジアムを出てやるからには

皆さんのJリーグでの業務と、Jリーグ30周年記念スペシャルマッチでの役割を教えてください。

丸山私はリーグとクラブが協働で行うマーケティング施策について、企画の立案や推進を担っています。日常的にクラブの皆さんのファンベースを広げる活動や集客施策、注力試合に関わる取り組みなどです。Jリーグ30周年記念スペシャルマッチは、FC東京と鹿島アントラーズにとってそれぞれホームゲームの一つであり、両クラブや相手クラブと緊密に連携を取りました。
国立競技場はJリーグ開幕以来、リーグ全体で中立地としてきました。両クラブにとって、国立競技場開催は大きなチャレンジで、ホームスタジアムを出て収容数の多い会場でやるからには、それにふさわしい成果を上げることにこだわって進めていた印象です。リーグとしてはまず、両クラブの各部門の担当者と、Jリーグ30周年記念スペシャルマッチで何を実現したいか、そのためにどのような準備が必要か共有できるような場づくりからスタートしました。

武笠私はフットボール本部で競技、試合運営、セキュリティーなど競技運営に関する全般を担当しています。リーグ戦はホームクラブが試合運営を実施していますので、Jリーグが直接、運営に入ることはありません。一方、今回のJリーグ30周年記念スペシャルマッチは30周年のプロジェクトとして、両クラブに運営面やイベントにおいて、協力を得なければなかったため、リーグスタッフも施設側との調整や、競技や運営に関わる部分を連携して進めました。私自身は今回のプロジェクト参加にあたり、国立での運営の知見をより多くのクラブに伝え、円滑な試合運営ができるようサポートし、5万人近いお客様がスタジアムを出るまで安全に運営できるように努めました。

前田私はJリーグへの興味・関心を高めるためのメディア露出などのプロモーション業務を中心にやってきました。メディアの皆さんとコミュニケーションを密にし、Jリーグに関する情報を提供するなど、実際にテレビなどで取り上げていただけるよう働きかけています。30周年プロジェクトでは、新しいアンセムの楽曲制作をアーティストのRADWIMPSさんへ依頼すると共に、今回のJリーグ30周年記念スペシャルマッチでオープニングセレモニーの演出面を主に担当しました。

5/14(日)国立競技場で開催された2023明治安田生命J1リーグ第13節 鹿島アントラーズvs. 名古屋グランパスのオープニングセレモニー

非常に高い運営力を持ったクラブでないと実現できない

Jリーグ30周年記念スペシャルマッチはどのような経緯で実現したのですか。

丸山プロジェクトがキックオフしたのは2022年12月ごろです。クラブ、リーグからそれぞれ関係部署のスタッフを招集して最初のミ-ティングを実施するところからスタートしました。2023シーズンの日程を決めるプロセスで、国立競技場で5月15日の「Jリーグの日」前後のリーグ戦でJリーグ30周年記念スペシャルマッチを行いたいという話を、実現の可能性がありそうなクラブにさせていただきました。慣れないスタジアムでも安全に運営することができ、さらに5万人以上の来場が見込まれ、中継サイドのオーダーやリーグの記念セレモニーも盛り込んだタイトなスケジュール管理ができる、非常に高い運営力を発揮できるクラブでないと実現できない内容だったと思います。

FC東京は2022年にもホームゲームを国立競技場で開催したので、経験値がありました。一方、鹿島は新しい国立競技場で初の開催でしたが、非常に視座が高く、クラブの成長とリーグ全体の成長の双方を見据え、国立競技場で実施する強い覚悟を感じました。

両クラブともに国立競技場で開催する意義を理解していたのですね。

丸山FC東京とは、ホームタウンというアドバンテージがありながらも、平日ナイトゲームという条件をどう乗り越えていくかが、大きなポイントでした。一方、鹿島とは、日曜日の試合がNHK総合テレビで放送いただけそうだという情報もあり、日本全国に何を伝えていくか、ホームスタジアムを離れて国立競技場で何を実現していくか等、さまざまな要素をどのように進行プランへ落とし込んでいくのか、時間をかけて話し合いました。

現在の国立競技場となって初のプロサッカー興行の連続開催に

2022年といえば、まだイベント業界もコロナ対策が続く中でした。

武笠当時は声出し応援がようやく少し戻っていましたが、その条件として席間を空けなければならず、収容人数50%の制限がありました。イベント開催制限が解除されるか全く見通せなかった中、構想して決めていかなければならなかった。クラブの皆さんも大変だったと思います。

前田新しいアンセムを2023年の開幕30周年でお披露目する構想は、2020年初めのコロナウイルスで世の中が一気に閉塞感が増すころに、次の周年でやりたいこととして少しずつ考えを膨らませ、関係各所に相談しながら3年ほどかけて練っていました。

音楽もスポーツもライブが難しかった時期だからこそ生まれた構想ですね。

前田当時は実現できるか正直分かりませんでしたが、無事に披露することができ、華々しく30周年がお祝いできてほっとしています。

同じスタジアムで1日しか間を置かずに2試合開催というのは、すごいことだと思いますが、国立競技場とはどのように進めたのですか。

丸山プロサッカーができる芝生を整えるのは並大抵ではないです。ましてや連戦なんて厳しいかな、と思いながら武笠と国立競技場へ相談に伺いましたが、国立側は「5月は芝生のコンディションも良い時期なので、Jリーグ開幕30周年を盛り上げましょう」と言ってくださり、強いバックアップを得られました。現在の国立競技場となって初のプロサッカー興行の連続開催になり、通常ではあり得ないオーダーをご了承いただきました。

武笠装飾も看板もサインも総取り換えですから、特に後で開催するクラブにとっては非常に難易度が高くなります。ホームスタジアムを離れて6万人近いお客様をお迎えするのですから、設営、リハーサルなどの準備時間を確保するためにも、土曜日は空けようという結論に達しました。それでも急ピッチでの入れ替えでしたが、安全に運営できて良かったと思っています。

これはもう鹿島にしかできないこと

両クラブとの連携はどのような役割分担でしたか。

丸山国立との調整や運営面への落とし込みと、そしてプロモーションと演出面での連携を密接に行いました。プロモーションは、クラブが考えるものとリーグが考える内容がありますが、例えば屋外看板は、双方の意向を出し合って、重複投資とならないように棲み分けを行いました。一方、FC東京、鹿島、リーグの3者が同じエリアに広告を出すことで相乗効果が見込めるところでは、あえて一緒に出したりもしました。渋谷駅前のビル広告などは相乗効果が出せた好事例です。

演出面ではFC東京のナレッジが活きました。2022年の夜空にドローンアートを描くという演出が話題となり大好評でした。鹿島には、RADWIMPSと進めたJリーグ新アンセムのライブ演奏のお披露目や、NHK中継もありタイトな進行スケジュールの中でも定刻通りキックオフができるような運営をしていただく必要があり、苦労をかけてしまいましたが日本サッカーの宝でもあるジーコさんに当日お越しいただき一緒に開幕30周年を祝っていただけたのは、とても嬉しかったですね。

武笠アンセム生演奏の件で鹿島に話を持って行ったとき、実はスケジュールに全くはまらなかったんです。加えてNHKに中継いただくということで特別な編成を組まないとはまらない。当然、鹿島のセレモニーなどの進行もあります。競技の準備は優先しつつ、キックオフ時刻を厳守するために、それぞれ要件を整理していかにやりたい演目を時間内に収めて100%実行するか、鹿島とスケジュールをにらめっこしながら、一つ一つ調整しました。

前田あくまで主管試合の主役はクラブ。Jリーグ30周年記念スペシャルマッチといっても、クラブがホームゲームを運営する1シーズンの中の貴重な1試合ということです。クラブが最大限協力してくれたおかげで無事にセレモニーが実現できたと思っています。国立競技場の皆さんにとっては、ピッチコンディションを最高の状態に保ち、競技パフォーマンスを最大限に引き出す役割があります。900人近い中高生の皆さんと一緒にJリーグの新しいアンセムをライブ演奏いただくパフォーマンスでしたが、ピッチコンディションを落とさずにパフォーマンスが実現できる方法を、担当者の皆さんが最後まで親身になって考えてくださったことも大きかったです。

UEFAチャンピオンズリーグで組まれるレベルでのステージ

Jリーグの新しいアンセム「大団円feat.ZONE」8分間の生ライブパフォーマンスの裏側を教えてください。

前田演出はJリーグ新アンセム披露に関わっていただいた方々と一緒に考えました。Jリーグ開幕当時を知っている方だけでなく、若年層にも30周年として楽しんでいただきたいという思いから、学生の皆さんも参加できる演出にという構想は早い段階で考えていました。曲との親和性を考えて吹奏楽部や合唱部、ダンス部の皆さんに参加してもらいました。

曲作りについて印象に残っていることはありますか。

前田RADWIMPSさんは音源制作に加え、今回のオープニングセレモニーのライブ演奏のためにアレンジしたバージョンも制作いただきました。メンバーの野田洋次郎さんは、プロサッカー選手会長でもある吉田麻也選手とメールインタビューを通じ、サッカー選手に関する理解を深めるなどの下準備も丁寧にしていただき、曲作りをしてくださいました。ちょっとしたエピソードとしては、スペシャルマッチ前日、国立競技場でのリハーサルの待ち時間に、予定になかったのですが、ブラスバンドやダンスを担う中高生の皆さんに特別に曲を披露してくださって場を盛り上げてくれました。

そのほか、注力されたことや30周年としてチャレンジしたことはありますか。

武笠大規模な演奏ステージの設営や撤収、900人の中高生の誘導も含めて、これまでにない大規模な演出も控えていたので、運営面でもこれまでやったことのない準備をしました。

ライブステージは、スポーツイベントでいうと、UEFAチャンピオンズリーグなどワールドクラスの大会で組まれるレベルでのステージでした。

武笠音響設備、ステージともに同じくらいの規模だったと思います。全国中継であったため、キックオフ時刻の13時35分に遅れるわけにはいきません。数分で解体して芝を傷つけないように運搬し、キックオフに間に合わせるという、今思うとよくやったな、と。

前田キックオフは絶対に遅らせることができないので、かなりしびれました。本当に時間内に大規模なライブの舞台装置がはけるのか、と周囲の不安もひしひしと感じました。ただ、当然シミュレーションはしており、運営スタッフもこの局面は非常に重要なことは理解してくれていたので、何度も確認はしましたし、多くのスタッフが撤収作業に対応してくれました。鹿島含めて多くの関係者の協力もあって、定刻にキックオフができて本当に安心しました。国立側からも、これまでにやったことのないスピードだと言われましたね。

金曜ナイトゲームの試合ではJリーグ史上最多を記録

2試合とも5.6万人を超える方にご来場いただきました。

丸山リーグとしては、1万人ご招待キャンペーンとセットでテレビCMを打ちました。特に初めてJリーグ観戦をする方や、離反層に対してJリーグIDで招待券の応募をしていただくのですが 20万件以上の応募がありました。チケット応募にはJリーグIDの登録が条件となりますが、2試合で新たに5万人以上の登録をいただきました。
FC東京は他にも様々な施策を打ち最終的には入場者数が週末の試合に引けを取らない56,000人超えとなりました。クラブ史上最多だけでなく、平日のナイトゲームでもJリーグ史上最多を記録しました。開催前後の天候も危ぶまれましたが、FC東京のクラブスタッフおよびサポーターの熱量が運も味方につけ、回避できたのだと思います。

金曜ナイトゲームを満員にするための工夫はありましたか。

丸山特殊効果花火とドローン200機を使った特別演出プラン、映えるクリエイティブと事前プロモーションがFC東京でしっかり設計されていたのが良かったと思います。
ドローンショーは東京五輪以来の国内実施ということもあり反響が大きく、SNSに投稿をあげてくださる方々も非常に多かったんです。「Jリーグってこんなに華やかなんだ」とか、「サッカーだけではない楽しみ方もあるんだ」など、ポジティブな内容がほとんどで、ずっとJリーグを応援してくださっている層も、初めてJリーグに来場された方々も、それぞれに価値を感じていただけたようです。

客層に違いはありましたか。

丸山首都圏、23区内、東京都民のお客様が両日ともに大部分を占めました。FC東京、鹿島ともに、人口1,400万人の東京のポテンシャルをよく理解して、次にホームスタジアムへの来場にいかにつなげるか、というところまで戦略的に考えています。

クラブとリーグの新たな連携のかたち

皆さんの中でJリーグ30周年記念スペシャルマッチをどのように振り返っていますか。

丸山国立2試合で11万人シーズンを通して全体の入場者増にも貢献しました。ただし、国立開催を挑戦するクラブが次のホームゲームへの集客につなげること、常に新鮮な観戦体験をデザインすることなど、チャレンジを続けなければ今回以上の成功は難しいと感じています。企画力や実行力がますます求められていくので、リーグがクラブの伴走を継続し、リーグ全体で事例の共有をしながら知見を増やしていきたいです。
もう一つは、クラブとリーグが連携すべき部分が見えてきたことです。クラブに任せていたところに一歩踏み込んでプロモーションや集客施策、運営面や演出面などを擦り合わせて、効果を最大化できたことが良い経験になりました。

武笠クラブとリーグの関係について、概念が変わりましたね。クラブの皆さんが「良いものであれば受け入れる」というスタンスで、リーグからの提案なども意味を一緒に考えてリーグ全体でやるべきことであれば、「やりましょう」と協力してくださったんです。

前田今回のセレモニーに関しては、初めてイベント業務として運営や演出面など携わらせていただき、苦労も多々あったのですが、多くの方々に助けていただきました。中高生の皆さんにも参加してもらい、事前練習の段階から密着取材も入らせていただく中、練習風景などを見ても、皆さんが楽しそうに挑戦している姿が励みにもなりました。Jリーグ開幕30周年という節目に携わり、なかなかできない規模での挑戦もさせてもらい、リーグ職員としても非常に光栄でありがたい機会でした。

2024シーズンも国立競技場でのJリーグ公式試合開催が予定されています。

丸山2022シーズンにFC東京が先陣を切って新しくなった国立で開催したのに続き、2023シーズンはJ1、J2で計8試合を開催、最初の2試合がJリーグ30周年記念スペシャルマッチでした。その2試合が5.6万人を集めたことで、後に続くクラブも「この実績を超えよう」と奮闘してました。最終的に8月5日の名古屋グランパス対アルビレックス新潟が2023シーズン最多の57,058人となりましたが、Jリーグ30周年記念スペシャルマッチの成功が、確実に他クラブの勢いにもつながりました。2024シーズンはさらに開催数を増やして、都内好立地の国立競技場ポテンシャルを最大限に活かしていきたいと考えています(最終的に13試合が開催決定)。

敬称略

Profile

Jリーグ丸山 慎二

(取材時)事業マーケティング本部マーケティング部長。2009年よりJリーグのマーチャンダイジング、チケッティングや集客など、一貫してファンベース拡大のためのマーケティングに従事。2024年よりフットボール本部競技運営部長。

Jリーグ武笠 一樹

フットボール本部競技運営部。モータースポーツSUPER GTのイベントプロデュース業などを経てJリーグ入社。試合の中継・配信の要となるJリーグプロダクション設立に尽力。現在はリーグ主管試合の運営統括をはじめ競技・運営に関する全般を担う。

Jリーグ前田 章門

映像・データ関連事業やプロモーション業務などを担当。2024年よりマルチメディア事業本部デジタルアセット事業部にて従事。

構成・文:石川 聡 文・江﨑 康子
デザイン:永井 康太(合同会社マトイクリエイティブ)
撮影:下屋敷 和文